短編 | ナノ

※学園パロディー



テルミくんテルミくん、わたし秘密があるの。ナマエは鬱陶しい奴だ。勝手に俺様のことを友達とか呼んで、課外授業でも修学旅行のグループ分けでも、弁当の時間も当然登下校まで着いて回ってやがる。ただ悪い気はしないから付き合ってやっているが、そうだ、ナマエには友達がいなかった。
こいつは何をしていても笑っていると思っていたが、遅刻して前のドアから教室に入る時、大抵無感情で冷たい顔をしながら教科書と黒板を眺めていた。俺に気付くといつもの笑顔に戻るんだから、考えられることは二つだ。俺の前ではにこやかな女子を演じている、もしくは俺に本気で懐いている。多分後者だと思うと気色悪いがそれでも嫌ではなかった。俺はこいつが好きだ。

「んだよ、勿体振ってると帰るぞ」
「じゃあ帰りながら話すね」
「今言え」
「気になるの? テルミくんがわたしのこと? きゃーうれしいー」
「帰るわ」
「うそうそ冗談! あのねー、これ!」

飛び切りの笑顔でバッグを漁って、出てきたのはぐしゃぐしゃになった写真だった。彼氏の写真でも出てくるんじゃねぇかと内心緊張していたが、写っていたのはなんともまあ見覚えのある自分の親父と、ナマエの母親のツーショットだ。嫌な汗が背中を伝ってそのままシャツに吸い込まれる。いやいやまさか。

「前にね、わたし一人っ子って言ったけどお兄ちゃんが二人もできちゃった」
「この話終わりな」
「なんで? あーもう行かないでよー」

たまにこいつとハザマって似てるよなあと思うことがあったが、糸が繋がるのが嫌で頭の中を期末テストでいっぱいにしようと授業を反芻する(駄目だ、まともに教師の話を聞いた覚えがない)。そんな馬鹿な。ないない。
大股で校門を目指す俺に着いて来ようとナマエは小走りしている。踏んだ靴の踵を走りながら整えて、ああ、そんなことだと転ぶだろうが、とか心配してしまう関係はまるで兄と妹だ。そんなまさか。いやいや世間はもう少し広いはずだ。

「だから、テルミくんとわたしって」
「ナマエって部活入ってたっけ」
「え? 吹奏楽部ならもう引退したよ」
「たまには後輩のツラ見に行けよ」
「待っててくれる?」
「一人で帰りてえって言ってんのわかんねーの?」
「夜道は危ないよ。この間も不良に絡まれてたでしょ」
「心配されんの俺?」

しかもそれは俺が絡んでいた側だ。やっぱりこいつは馬鹿で鬱陶しくて、そしてなんとなく可愛かった。当然だが身長なんて俺より低いし、声も俺より高いし、ちょろちょろ動き回っている様は文鳥がなんかみたいだ。首は細くてきっと素手でへし折ってしまえそうだ、とか考えていたら思春期が暴発しそうになるのでぐっと堪える。
ナマエの秘密とやらが真実であってはいけないのだ。俺はこいつが好きなのに、もし秘密を聞いてしまったらもう取り返しがつかない。フラれて口も聞けない気まずさがまとわりつくのが嫌で口説くことすら出来ないのに爆弾発言を受けてしまったら俺の品行方正な学生生活はイッカンノオワリだ。

「スクバで帰れよ。そしたら夜道の不安も無くなんだろ」
「スクールバスなんて嫌だよ。テルミくんと帰られなくなるじゃん」
「俺といる方がよっぽど不良に絡まれんだろ」
「毒を以て毒を制する! テルミくん強いし安全だよ。あとわたしも強いよ」
「こんなに小せぇのに?」
「声が高くて通るからね、きゃー! 警察ー! って叫んだら解決する」
「お前ってさあ」

女の武器を知り得ている。ただのアホみたいな話し口だが、ナマエの本性がそんな器ではないことなら知っていた。こいつは腹の中では結構小難しいことを考えていて、何をどうすれば男心を擽るのかを熟知している。それをもし計算で無くやっているのなら恐ろしいものだが、どちらにせよこの女の術中に嵌ってしまっているから変わりはない。
だから作り笑いだとしても、本気で俺に懐いているだけだとしても、どっちでもよかった。何なら笑っていなくてもいいのだ。気持ち悪い程馬鹿でも、清々しい程性悪でも、一度好きになってしまった女にそう簡単に幻滅はできない。

「あーあ、わたしもう一個秘密があってね、テルミくんのこと好きなの」
「は?」
「テルミくんのお嫁さんになりたかったの」
「え、マジで?」
「でもダメだね。ハザマくんに相談したけど無理があるって」
「何で別の高校のハザマ知ってんの?」
「中学校一緒だった」
「いや、て言うか、俺のこと? は?」
「あーあ。だからテルミくんはお友達だね」
「え、いや……え?」

頭がついてこなかった。ナマエが俺のお嫁さんに、なんてそこまでは男子高校生のふしだらな脳内では届かなかった考えであるが、それはつまり結婚を前提に付き合いたいという告白であるのはわかる。ただナマエがそう考えているだなんて、そんなまさか。
格好ばっかり付けていた自分が愚かしく思えるぐらい、ナマエはあっさりしてさっぱりしている。俺が言えないままうだうだしていた台詞をいとも簡単に放つ姿は漢らしくさえあった。以外と肝が据わっているのもナマエの鬱陶しいポイントだ。このままでは尻に敷かれてしまうな、とか、何を考えているんだ。俺は天下のユウキ=テルミ様だ。こんな女如きに遅れを取ってなるものか。

「あの、あー……じゃあさ」
「なに? やっぱり迷惑だった?」
「いや、そんなんじゃなくて……あー」
「何言いたいの?」
「だからよ、その……内縁の妻とかならなれんだろ」
「妻……内縁! テルミくんってあったまいいー!」
「だからその写真捨てろ」
「ちゅーしてくれたら捨てるよ」
「キスでもセックスでも何でもするからとっとと捨てやがれ!」
「テルミくん大胆!」
「うるせえ!」
「はーい、わかりましたよお兄ちゃーん」

ナマエが写真を細切れに破いて、両手に盛って息を吹きかけるとタイミングよく強い風が吹いた。写真はもう修復が出来ないぐらいわけのわかんねえ場所に散って、ナマエは満足そうに笑っていた。

「これで知らなかったことになりました」
「忘れろ忘れろ」
「勢いで破いたけど、わたしってテルミくんの内縁のお嫁さんになれるの?」
「なれるなれる。俺もナマエのこと好きだし……あー」
「テルミくん顔真っ赤!」
「普通だっての!」
「テルミくん大好き!」
「苗字変わんねえけどごめんな」
「偉くなって法律変えるからいいよ」
「お前ってさあ」
「なに?」
「馬鹿だよな」



20151008

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