短編 | ナノ

誰も知らない新しいところに連れてって、わたし確かにそうお願いしたの。彼は困ったように笑って、わたしにコートを羽織らせて、それから約束してくれたんです。


仕合わせの結末


ネエ、お久しぶり。わたしがこうやって手紙を書くのはいつも気紛れで、そのたんびに返信を出してくれるあなたがとっても大切なのよ。一番の友達だってわたし思ってる。けれどあなたからの書簡に返信を出さないわたしをどうか許してください。
いつか言った通りに、わたし、チャント図書館で働いています。結構楽しくてね、街の人ナンテわたしの黒い制服を見たら路を避けて、それが気持ち好くもあるの。わたしって、昔から底意地の悪いところがあったじゃない。御誂え向きだと思うわ。コソコソ人の噂を聞いて回って書類に纏める仕事をしています。本当に、ここで働けて良かったって思っているの。

わたしあなたに話したっけ、好きな人ができてね、その人はたいそう仕事が出来て、真面目で、神秘的で、雨音と紫煙が似合う美しい人なの。煙草ナンテ、それどころか酒すらも嗜んでいるところも見たことがないけれど、どう見ても成熟していて官能的な人、キットわたしには釣り合わないって思っていたけれど、彼もわたしのことが好きだって、そう云ってくれたの。


( 彼女からの手紙はいつも唐突で、私の知っていることが連ねられていました。私には彼女が何をしているかが観測えるんです。そういった、呪いみたいな眼を持っているのです )


ある時ね、仕事が遅くまで続いて、そして雨が酷い日があって、雨脚は酷くなる一方で傘があっても帰られない夜に、彼はわたしを招いたんです。キットこのまんま雨は止まないから、明日までうちにおいでなさいって、わたしはドッキリして、でも嬉しくって二つ返事でお邪魔したわ。一日目、彼はわたしを抱かなかった。二日目、彼はわたしにキスをして、三日目ようやく結ばれたの。雨ナンテとっくに上がっていて、明け方の冷たい空気が美味しい秋晴の日だったわ。それから彼はわたしに愛を囁いて、一晩も二晩もわたしの頭を撫ぜて、仕事を切り上げたら食事に行って、それはもう仕合わせな生活だったわ。キットわたし、このまんま彼と結婚して添い遂げるんだって信じていたの。神様はキチンといて、わたしの信仰を叶えてくださったわ。彼から、指輪を貰ったのは、それから何月も経った頃でした。シルバーが薬指に光って、仕合わせの結末ってここにあるんだってわたしは酷く浮かれていたの。目に映るものは何んでも煌びやかで、醜い噂話も腥い風説も全部全部愛しくって、彼の指先にも居座っている銀色が尊くって堪らなかった。わたし失敗したって、今だったら思えるかもしれないわ。その時は自分を世界一の幸福な女だって思っていたけれど。
ハネムーンは何処に行きたいかって聞かれて、誰も知らない新しいところって答えたの。それが、あなたにとって酷いことだって知っていたら、わたしもしかしたら何処でもいいわって話していたかもしれない。ごめんなさい、わたしがあなたに話す時、いつも謝っている気がして、全く反省しない浅はかな女だって、とっても苦しくあります。


( 彼女の懺悔は傷ましくて、どうしてこんなにも自分のことを考えないんだろうと不安にもなりました。私は総ての結末を知っていて、けれど眼を閉ざして、彼女に一声掛けなかったことを今でも後悔しています。もし手紙がもっと小刻みであれば、引き留めたのかもしれないけれども、どこを捜してもそんな事実は無いんです。彼女は唐突な人でした。幼稚なぐらいに、素直な人でした )


彼はある時ね、どうして貴女はソンナに真っ直ぐなんだって泣いたんです。氷みたいに冷たくて、蛇みたいに狡猾な人だって思いながら愛していたのに、彼は金色の目の縁から、ボロボロ涙を溢して、わたしをウンと強く抱き締めて、ごめんなさいごめんなさいって謝ったんです。あなたは知らないかもしれないけれど、彼には途方も無い秘密が在って、それは彼の生きているキッカケで総ての理由で、だけれど一から十まで訊いてもわたしは当然彼を愛してやみませんでした。どうして神秘的だって感じたのかの解答が見付かって寧ろ清々しくもあったの。笑うわたしを彼はもっと強く抱き締めて、何度も口付けて、落ち着いたらいつもみたいにニッコリ笑って意地悪く頭を撫でたわ。その時わたしの一生が見えた気がしたの。ナンテ馬鹿なわたし、もう少し精査したら解った筈なのに。わたしにとって何も彼がすべてではなくて、一番愛しているのは当然彼だけれど、一番大切なのはあなただった筈なのに。わたしは愚鈍な裏切り者です。馬鹿な人間は取り返しの無い過ちを繰り返します。でも、言い訳をさせてくれないかしら、キットなるべくしてなったことで、若しわたしが彼に惹かれなくたってこうなることは避けられ無かったって。わたしはもう思い出に生きていくことしかできません。あなたと、友達と、楽しかった日々に埋もれて目蓋を伏せることしかできません。例えばこの手紙があなたの眼に届いたならば、キット返信は出さないで、わたしを怨んで下さい。あの日の地下で貴女と彼を引き合わせたのはわたしなんです。


( 不幸になるって彼女はそう思っていたんでしょう。私が不幸な運命から逃げられなくなるって、確かに私は悩みましたしこんな事の為に生まれた事に病みもしました。だけれどそれは一時の感情に過ぎなくて、世界を見渡したらなんて美しいんだと気付くことも出来たのです。私は彼女のした最後のお願いを叶えることができませんでした。彼女を怨むことなんて、できるはずがなかったんです。 )


あなたの運命と引き換えに、わたしは仕合わせです。心に引っ掛かるあなたの横顔から目を逸らしたらばわたしはこの世でいちばん仕合わせなんです。けれどね、わたしキット彼に殺されるの。わたしは誰も知らない新しいところに連れてってもらえました。けれどそこは案外今までと変らない世界で、ちょっぴり残念にも思ったんです。彼は金色の目玉を見開いて、嗤うようになりました。騙されていたんじゃないの、利用されたわけでもないの、愛は薄れ無いし、仕合わせの結末もそのまんまだし、でも、わたしはもう目を閉じていることに疲れました。バネみたいに、どうしてわたしが必死に瞑ってしまおうと考えても視界は拡がっているんです。次第に目を閉じたって青空が見えるようになって、哀しく泣いているあなたの姿ばっかり夢に出てきて、わたしはもうダメなんです。わたしね、もうじき彼から殺されてしまうって思うの。今のわたしには何の力もなくって、彼は冷たい目をしながらも笑って、キット仕合わせを進行できるうちに終わらせてしまうのが最善だってわかっているの。
ごめんなさい、さようなら。あなたの友達のまんまでいさせてください。


( 彼女が絶望に死んでいく様子は強く私の頭の中に流れ込んで来ました。そして、あの男がそれを知って崩れ落ちる瞬間も確かに観測えたんです。彼女は確かに報われて、だから私はこの眼を持っていてよかったって思えたんです。彼女の本当に最期のお願いならば叶えることができます。さようなら、あなたの仕合わせの結末を見届けることができる眼が、今は愛しくもあります。 )


20151001

back
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -