短編 | ナノ

なんだか変な方向に風が吹いていて、線香花火はすぐに火種を落としてしまう。ワンルームの心許ないキッチンで、わたしは一人過ぎた夏を回想していた。花火大会に行きたかった。
煙がめちゃくちゃに舞っていて、このままじゃ火災報知器が鳴っちゃうなあとか呑気に考えている。テルミさんはどこ吹く風で、ベッドに腰掛けて本を読んでいた。

「あのさあ、煙いんだけど」
「あと六本ですから」
「一気に燃やしちまえよ」
「テルミさんが一緒にやってくれたら三回戦で終わるのに」
「誰がンな虚しいことやるかよ」

ここまでテルミさんは一歩も動いていない。夏祭りに行きたかったんだ。参道をテルミさんと歩きたかった。手とか繋いで、焼きそばを食べたり型抜きをしたりしたかった。実際はねだることもできないで夏は終わった。雨が多いから急に秋が来てしまったように冷え込んで、残暑を楽しむことも空は許してくれなかった。

「ナインはね、忙しい合間を縫って獣兵衛さんと海行ったって」
「あの妹がいるから無理っつったろ」
「それとは別に」
「盆過ぎにはクラゲが出んだろ。無理無理」
「盆?」
「日本の」
「テルミさんって日本人だったの?」
「知らねー」

夏の課題、日本の文化の研究、宿題は発表してしまったからあとは燃やすだけだ。皆宗教とか歴史とかをレポート用紙にまとめていたけれど、単純に線香花火を作って持ってったのはわたしだけだった。呑気な奴だな、と先生に笑われてしまった。花火なんて諸外国にもいくらあるけれど、日本の雅で素朴な情景にこそそれは合っていると思う。桜とか武士道とか、パッと輝いて瞬間終わってしまう様を儚いとかいうらしい。線香花火に見えるその儚さにわたしは焦がれている。

「ナマエちゃんって日本通だよな」
「前世が日本人だったのかもしれません」
「無くなる前に見せてみたかったわ。案外ここと変わんねぇから」
「ガッカリする様を見たかっただけでしょ」
「早く全部燃やしちまえよ」
「燃やすって表現はちょっと違うんです」
「あーマッチ持ちながらこっち来んな、報知器鳴るぞ」

燃やすじゃないなら何だろう、点けるとか煌かせるとか、どれも合わない気がする。段々燃えカスになってって、これ作るの大変だったのになあと耽る。エントロピーだ、物を作るエネルギーと破壊するそれとは釣り合わない。なんてのは科学の世界の話らしい。わたしの住んでるところでは全く通用しない理論だ。
なんでも知っているテルミさんに、どうやったら最後まで綺麗に火種を保てるかを聞いたら、ヤット彼は立ち上がった。それからマッチを擦って、シッカリ紅色に染めた和紙を摘んで、先が燃える。投げ捨てたマッチはシンクの水溜りに音を立てて消えた。火薬はシクシクと丸まって、ジジジ、換気扇の轟音に混じって小さく火の玉の息が響く。

「こんなん持ってるだけでいいだろ」
「うわあ、火花きれい」
「これ触っても熱くねぇんだぜ、ほら」
「いたいいたい!」
「結構上手くできてんじゃん」

やってみろよ、と左手がわたしの手をひったくって火花に近付けられる。怖くて汗が垂れたけれど、言われたように思っていた熱は全く感じられなかった。
火花は最高潮に達している。いつもわたしはこれを見られずに種を落としてしまっていたけれど、テルミさんの指先で、全身全霊で美しく直線を描く金色の線は月並みだけれど綺麗だった。それから少しずつ線の切っ先が丸まっていって、静かに玉は黒く終わってしまった。最後まで和紙から離れないで、キッカリ線香花火は消えた。

「完走」
「テルミさんすごい!」
「息止めてりゃ余裕だろ」
「息止めながら喋ってたんです?」
「咳しなかったらいいんだよ」
「我慢強いんですね」
「わかったらさっさと終わらせろ。海は面倒だけどスイカぐらい買ってやるよ」
「やったー! でも勿体無いからちょっと待ってください」

静かに一本ずつ消化しようとするわたしの意図に気付いて、けれど一本だけわたしに譲って、彼は残りを全部束ねて火を点けた。見たことないぐらい大きな火の玉が形成される。

「あア、なんでそんな!」
「こんぐらい派手じゃねぇとつまんねーだろ」
「信じられません!」
「黙って見てろ」

ニヤリ、笑ったテルミさんは、閃光が大きく走り出した拍子に大袈裟に腕を震わせてそれを強引に水の中に叩きつけた。大きな音を立ててわたしの夏の宿題は爆ぜた。というよりは消えた。ああ、なんて儚い。

「酷い」
「やっぱ物をぶっ壊す時が一番楽しいわ」
「性格悪すぎませんか……」
「点けねぇんだったら水引っ掛けんぞ」
「点けますから! やめてください!」
「はいはい」

テルミさんはソファに戻って、伏せていた本を開いた。安心してゆっくり火を点けて、やっとわたしの線香花火も絶頂を迎える。シャバシャバと音を立てて、けれど煙に負けてしまったわたしは大きく咳き込んで、夏が終わってしまった。

「さよならサマー……」
「スイカ食わねぇの?」
「食べます!」
「ほんっとお前って安上がりな女だな」
「あとアイス!」
「はいはい」

外はほんのり寒かった。肩を震わせていると、テルミさんは黄色いローブを分けてくれた。その下に着込んでいる制服が、なんだかとても似合わなくてコスプレでもしているようで笑ってしまう。ねだることが出来ないのはその前からなんでも与えてくれるこの人の優しさのせいなのだ。
目蓋を閉じたらまだ、オレンジ色の周りを散っている閃光の像が残っている。それをそのまま楽しんでいたら、段差に躓いて転んでしまった。夏の終わりは少しだけ痛い。


20150917

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