短編 | ナノ

※学園パロディー


お前さあ、幸せなの? テルミくんがつまんなさそうに問い掛けた。藪から棒に、わたしはこんなに幸せですよって薬指のシルバーリングを光らせてみたら、ガキみたいだと笑われてしまった。右手になんてついているからこうなる。
テルミくんとハザマくんはひどく仲が悪かった。もっとも兄貴のテルミ氏はといえば弟に近寄ろうと頑張っているようだけれど、思春期に親が離婚してからはハザマくんですら彼を苗字で呼ぶ。双子の親権は綺麗に半分こされて、でもハザマくんは新しい苗字が気に入らないようで名札なんか半分を黒く塗り潰していた。
そういうところも含めてハザマはガキなんだってテルミくんが笑っている。双子はクラスも見事に分けられて、別校舎の彼は今頃機嫌を悪くしてるんだろうなあと思う。わたしとテルミくんは二人だけで文化祭の準備をしていた。ベタだなあ。

「糊取って」
「はいよ」
「あとハサミ」
「自分で取れや」
「とセロテープ」
「うわ、切れてんじゃん」
「じゃあ二組に取り行って」
「事務室行ってくる」

とかいうテルミくんも結構ガキっぽいところがある。いつか、ハザマくんのこと好きなんだねって言ったらすごい剣幕でそんなわけないって言っていた。けれどわたしは知っている、テルミくんは二組にも事務室にも行かないで、ハザマくんのクラスまでセロテープを借りに走っているのだ。なんだかんだと理由をつけないと弟にも話しかけられないのは彼の場合は照れ臭いからだ。
校庭から遠く運動部の掛け声が聞こえてくる。いーちにっさーんし、気怠いカウントも青春だなあとか、まるで三十路の教師みたいに考える。テルミくんは今頃キット、女の子に話すよりズットドキドキしながらハザマくんの名前を呼んでいるんだろう。両親の不仲はテルミくんの素行の悪さが原因だとか、彼はいつか吐き棄てるみたいに言った。顔はおんなじでもテルミくんとハザマくんはまるで違って、でも成績とかは兄が不動の一位で、だからハザマくんはテルミくんのことが気に入らないんだろうと思っている。結局のところ二人とも子供じゃないか。

「あった?」
「無かった」
「じゃあ別のことしますかー」
「キスとか?」
「は?」

テルミくんとわたしが付き合っていたことを知っているのは多分世の中でわたしとテルミくんだけだ。たったの二日間だけで、しかもわたし達はその時子供の作り方も知らなかったようないたいけな少年少女だったからもはやノーカウントである。けれどテルミくんはなんとなくわたしとの二日間を忘れてないんだろうなあと思う、のは自意識が過ぎるかもしれない。
夕陽が射し込んで、教室の中を忙しなく舞っている糸埃が視界を邪魔していく。いかにも不良っぽく着込んだ学ランの下のパーカーの、フードを目深く被っているテルミくんの表情は全く読めない。けれどわたしと同じでつまんなさそうな顔をしているんだろう。

「音楽の先生とさ、ヤッたって噂本当?」
「それは嘘」
「じゃあどれが本当なの」
「現社のエリちゃん」
「最低」
「あと美術と国語の非常勤」
「最低」
「教師じゃなかったらうちの5班の奴と、不登校のあいつと」

最低男の周りをうろついているのはこの糸埃よりも取るに足らないだらしない女の影だった。そういうことをするからハザマくんから嫌われるんだ。鋭い視線がわたしの手許を射抜いている。キスとか、テルミくんとするナンテ少しも想像できなければいいのに、いとも簡単に彼に組み敷かれて喘いでいる自分の姿が頭の中で再生できて嫌な気分だった。
二日間を引きずっているのはむしろわたしの方だ。テルミくんにはいつまで経っても悪い噂が付いてまわっていて、そのたんびに心配したり、そわそわしたり、女の子を妬んだりしている。そのせいでわたしには地味な友達しかいない。質素な学園生活ナンテ望んだつもりはなかったのに、急に学校が楽しくなったのはハザマくんのおかげだ。わたしはきちんとハザマくんのことが好きなのだ。テルミくんは関係無いのに、ヤットどうでもいいなーって思えるぐらいに落ち着いたところを見計らうように、見掛けによらずキレ者な彼はわたしの精神を引っ掻き回しにくる。

「あ、もうすぐ吹奏楽部コンプリートするわ」
「彼女いないの?」
「今浮気されてんだよ」
「へー、……いたんだ。お気の毒に」
「まだ手も繋いだこと無ェのによ」

心臓のあたりが痛くて仕方がない。訳もなく冷や汗が垂れて、平静を装っているのに多分テルミくんは気付いていないだろう。テルミくんにとってはわたしはただの幼馴染みである筈だった。彼が双子だと知ったのは高校に入ってからだった。離婚を機にテルミくんは引っ越すことになって当然疎遠になり、次知ったのは校内放送の呼び出しだ。一年四組のテルミ、今すぐ職員室に来るように。同じ名前ってわけじゃなくて、部活終わりの帰り道でうちの学校の制服を着崩した彼を見たのだ。それから二年生で同じクラスになって、でもテルミくんはあんまり学校に来なくて、来ても怖くて誰も話し掛けなくて、いつもつまらなさそうにしていた。文化祭の実行委員に彼が立候補したのは一大事だったのだ。

「テルミくんのことだから順番間違えてすぐ妊娠でもさせるのかと思ってた」
「彼女とか初めてだったからよくわかんなくてよ。ガキだったし」
「どんな子?」
「馬鹿な子」
「バカなんだ」
「そんで超お節介焼き。俺ん家のこととか気にしてんの。そんで俺がクラスに馴染めてねぇんじゃないかって心配して」
「そんな子が浮気するんだ」
「多分付き合ってるって思ってんのが俺だけなんだよ」
「テルミくんって結構痛い子だね」
「ユウキくーんって呼ばれてた筈なんだけどな」
「ハサミ片しといて」
「自分でやれよ」

何が言いたいか少しわかった気がしたけれど飲み込んだ。どうしてわたしはいつもこうなるんだろう。
ケエタイを見ると、ハザマくんからの連絡が入っていた。真面目な彼は部活と生徒会を掛け持ちしていて、今日も両方に追われている。あんまり時間が合わないかと言ったらそんなこともない。帰るのにハザマくんをただ待っているのが暇だからこうして面倒臭い文化祭準備を買って出たのだ。
ハザマくんといるととてつもなくしあわせで、名前を見るだけでこの男に対する気持ち悪い感情や、成績不振とか女子高生特有の父親に対する嫌悪感とかも忘れられた。シルバーリングはハザマくんとお揃いだ。夕陽に反射するのを眺めてニヤニヤしているのを、テルミくんは気味悪そうに見ている。

「もう帰るね」
「あのさあ」
「ハザマくんって甘い物とか好きなの?」
「あいつゆで卵しか食わねえじゃん」
「コーヒー飲める人だっけ」
「ガキの頃しか一緒に住んでねぇからわかんねー」
「ハザマくん待ってるかな」
「知るかよ」
「この前ね、ハザマくんと夜景見に行ったの」
「あいつ真面目なくせに夜に出歩くんだ」
「それからお手手繋いで帰りました。バス停まで送ってくれたよ」
「あのさー」

お前さあ、幸せなの? またテルミくんはつまんなさそうに問い掛ける。すごく幸せだけどって答えても何も返って来なかった。わたしとテルミくんの二日間はテルミくんの転居で、あやふやなまんま終わってしまった。手も繋いだことがない。再会してからはテルミくんの家のこととか、クラスに馴染めていないことをぼんやり気にしている。初恋だった。六年も前の話だ、小学生もランドセルを脱ぎ捨ててしまうような年数だ。

「もう帰るよ」
「うん」
「わたし幸せなんだ」
「ふーん」
「ユウキくん、ばいばい」
「ああ、またな」
「ありがとう」
「……、俺明日からちゃんと出席するわ」
「うん」
「ありがとな」

陽はすっかり沈んでいて、わたしの両目もテルミくんの金色も曇っていたのを洗い流している。何気なくハイタッチをして、わたしたちはクラスメイトに戻った。



20150916

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