短編 | ナノ

ハザマ大尉は変わり者だ。あの人の思考回路が理解できる人なんて技術大佐ぐらいだろう。今日もドア越しに一人芝居をしている声が薄ら聞こえた。変身願望でもあるのか、たまに彼は口汚い暴言を吐いては高笑いしている。
そんな彼だから部屋に入るには細心の注意を払わなければならない。一度急にドアを開けてしまった時、彼はぎょえへえええなんて間抜けに叫んで慌てて机の下に隠れてしまったのだ。ちらりと見えたハザマ大尉の髪はどうやってセットしたのか分からないような逆毛だった(これが彼の変身願望を確定付けたのである)。

「失礼します、ハザマ大尉。そろそろ昼食の時間ですが……」
「ああ、ちょっと待ってください! ……よし、入っていいですよ」

大尉は帽子をかぶり直し、大きく咳払いをしながら椅子に腰掛けた。床には書類が散乱している。破壊衝動でもあるのだろうか。だとしたら小心者である。

「持って来させてください」
「そう言うと思って準備は済ませています。十分もしたらメイドが向かいますから」
「ナマエさんもご一緒にいかがですか?」
「それも言われると思ってそのつもりで来ました」
「さすがは私の恋人です!」

恋人になったつもりは無いんだけどなあ。諜報部に配属されたその日からハザマ大尉はいたくわたしを気に入って下さっているようだった。有難いんだけれど遠目にも薄気味悪い彼と一緒にいるのは自分にとってよくないのではと思う。

「カザモツに新しくホテルが出来たそうですよ。休暇を取りませんか?」
「それは素敵ですね。一人旅って好きなんですよ」
「勿論ツインで予約を取ってありますから。明日から二泊」
「冗談じゃないです。ハザマ大尉と一緒にいていい経験したことないし」
「楽しみですね。私なんて興奮して昨夜も寝ていませんよ」
「だから居眠りしてたんですか!」
「だってナマエさん、一緒に寝てくれないじゃありませんか。一人だと淋しくて熟睡できないタチなんですよ」

ハザマ大尉がわたしの横に立ち腰に手を掛ける。背の高い彼に見下ろされて、上からかかる息遣いと手の冷たさにゾッとした。

「午後から明後日にかけて仕事があるので無理です」
「それならマコト=ナナヤ少尉にお任せしましたよ。何やら文句を言われましたがナマエとデートなら仕方ないと納得なさってました。いやあ、公認の仲というものは少し恥ずかしいものがありますね」
「皆から誤解されてるわたしの身にもなってください。恥ずかし過ぎて辞職したい気分です」

マコトに本当に申し訳ない。そう言えば今朝、含み笑いでナマエはいいなあなんて言われたけれどこの人が元凶だったのか。マコトだけでなく諜報部の人たちはこうしてわたしがするはずだった仕事を上官命令で押し付けられていると聞く。そのせいで恨みを買うどころか、出会い頭にハザマ大尉とどう? なんて聞かれるのだから堪ったものではないのだ。皆面白がっている。

「誤解? ああ、確かに私たちはまだ深い仲ではありませんでしたね。衛士の中には私とミョウジ中尉が部屋で昼夜問わず愛を育んでいると噂する者もいますが」
「ちょっと待ってくださいよ! そんな噂流れてるなんて、わたし今日から仕事辞めます!」
「噂が嫌なら事実にすればいいだけの話ですよ」
「ぎゃっ」
「ぎゃ」

ハザマ大尉がソファにわたしを押し倒したと同時に跳ね除ける。この人のおかげでわたしはこうしてそこそこの戦闘力を磨き上げている。

「痛いですね……人を痛めつけるのは好きですがされるのは趣味じゃないんですよ」
「わたしも同感です!」
「強気な貴女を懐柔するのも楽しいかもしれませんね」
「よくないです」

ハザマ大尉といてもいいことは何も無いのだ。無駄に無駄に気を遣うのだ。変身願望があるならばこの人はどんな自分になりたいと言うのだろうか。物腰が柔らかくて饒舌な姿は自分に自信の無いことの象徴と取れる。こうして人の話に耳を傾けないところだってそうだ。
彼はきっと、自信を持ちたいのだろう。それがいつかの口汚さと、俺様とかいう嘲笑を誘う一人称に現れているのだ。

「ハザマ大尉、もっと自分を信じてあげてください」
「どういう意味ですか?」
「自信が無いからわたしみたいな子供に付きまとうんですよ。ハザマ大尉はかっこいいんですから、美人でスタイルの良い女性と付き合えますよ」
「ああ、それですか。自分の容姿や頭脳が人より優れていることぐらい当然知っていますが」

何を今更、と呆れたように笑いながら彼は言った。ナルシズムに溢れた台詞に鳥肌が立つ。わたしのプロファイリングが丸切り否定されて、こっちの方が自信を失ってしまう。

「私は好きでナマエさんを口説いているんです。ナマエさんこそ自信を持ってくださいよ。私には勿体無い、とまでは言えませんがあなたも十分魅力的ですから」
「わたし、ハザマ大尉みたいな性格に魅力を感じません」
「ではどういう男ならお気に召しますか? どうにでもなって差し上げますよ」

どうにでもなるって何なんだ。じゃあわたしが内気で口数の少ない人が好きだと言えばその口は塞げるとでもいうんだろうか。わたしはそのまんまの、なんか少し怪しくて飄々としたハザマ大尉がハザマ大尉なんだと思っている。ありのままが好きなんだとは言わないが人の為に作ったような性格に入れ込む程馬鹿ではないのだ。

「ひとつ質問なんですけど、わたしのどこがいいんですか?」
「全てですね」
「オカシイです。具体性がありません」
「恋に落ちる瞬間なんて得てして言葉では説明のできないものですよ」
「まあ、そうですけど……」

もっともらしいことを言われてもオカシイものはオカシイのだ。一目惚れとかはあるかもしれない。フィーリングとか直感とか、そういったものを否定するつもりはないが、何のいわれもないところから唐突に恋模様が始まることがどうしても納得できずにいた。ナマエさんこそ自信を持ってくださいよ、なんて簡単に言われたが不釣り合いなのである。わたしは平凡で、特技も趣味もなくて当たり障りの無い人間なのだ。

「解答がご不満なようですね」
「だってオカシイんです」
「ではどこが好きなのか一つずつ説明していきましょうか」
「それはそれで恥ずかしいんですけ……うわ!」

たとえばこの唇とか、と言いながらハザマ大尉はいとも簡単にキスを仕掛けた。気色悪いとは思えども先程のような護身ができないわたしは、きっとこの人のことを好きにも嫌いにもなれない。


20150912

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