短編 | ナノ

あまりに寝てばかりいるのでこの人はいつかそのまんま息を引き取ってしまうんでないかと不安だったんです。どうやって始まったかなんて些細なことですよね、ええ、男と女がいたらこういうのは珍しいものでもなくて、必然性あって惹かれ合ったんですよ。当然の帰結というのに彼女は暗い顔をしていた。どこまでいっても彼女の中での私は尊敬や畏怖の対象で、まさか、自分の手に入るなんてコレッポッチも思っていなかったんでしょう。それが私にはとても悲しくて居心地が悪いのです。
彼女はよく寝る女の人でした。睡眠に大切なのは質より量だって、猫みたいに、暇と隙と場所があればすぐに眠って、本当は出来る限り私と顔を合わせたり、言葉を交わしたりしたくなかったんだろうなあというのが今になってわかります。だって彼女にとっては私はいつまで経っても黒服の似合う上司だったんです。

私は際立って仕事が出来たり、顔が整っていたり、姿勢が良かったなんてことはなくて、ただ人より人っぽく精巧に造られた人形ってだけで、他はどこも普通でした。おおよそ衛士から思われてるみたいに非情では無いし、ミスだってするし、服を投げてゴミ箱に入ればガッツポーズを取ってしまうような、結構平凡な奴だったんです。ただ身体の中にもう一人違うのがいるっていうだけで、しかしそれは私の努力で得たものでもないので、彼女の想像するような完全無欠ではなかったのです。勘違いされることの多い人生なのでもう慣れたとばかり思っておりましたが、最愛の女からされる思い違いとそのせいで崩れてしまう関係性なんてのは当初の設計では想定されていなかったので、私の毛の生えたような心臓は、少しずつ鼓動を速めていくのです。
こうやって独白をしても彼女は眠ったまんまで、もしかしたら起きているのかもしれませんが、背中を向けたっきり返事はありません。虚しい。また一つずつ設計図に無い感情が沸いては私を蝕んでいきます。嗅覚とか、こんなに発達する予定は無かったんです。目の淵の水位だとか、こんなに上がるつもりも無かったんです。

「ねえ、ナマエさん。起きてくださいよ。まだまだ話したいことはいっぱいあったんです。誤解なんです。私結構気が小さいんですって」

確か最初は私も彼女も結構仲良くやっていました。当然みたいに抱き合ったり喋舌ったり、他愛のないことで笑ったり、図に書いたみたいに普通の恋人同士をなぞっていたんです。とか思っていたのは私だけで、実のところ彼女はずっと心の中に妙なわだかまりとか、感じて、違和感とか持って、それを押し殺し切れなくなっただけなのかもしれません。そういえば最初から彼女はよく寝る人でした。会話も触れ合いも私の中で誇大しているだけでそんなに無かったかもしれません。セックスに持ち込む時はいつも私の一方的な手の動きがありました。なんだか、虚しい。それでも彼女は照れ臭そうに笑いながら私を抱き締めていたんです。艶やかな声だってきっと作り物ではありませんでした。あー。
どこで間違ったんだろう。

「ナマエさん、ナマエさん」
「お別れしましょう」

こっちを見ることもなくナマエさんはポツリと呟くように漏らしました。それから寝被ってしまって、多分起きているんでしょうけれど、私は話し掛ける言葉を失ってしまったのでそれはもう寝ているのと一緒でした。心臓が破裂するように早く動いて、頭の中は真っ白になって、自分が思っていた以上に彼女と過ごした時間は尊くて大切だったんだと気付くには十分過ぎました。理屈は分からないけれど理由なら知っているんです。彼女にとって私は憧れの象徴だったんです。彼女の小さい身体と心臓には耐えられなかったんです。自分は釣り合っていないとか、本気で思っていたんです。そんなことは無くて、私はひどく凡庸で、そして深くあなたを愛しているんだといくら語り掛けても彼女の中にある虚像みたいな私は壊れないんです。
それでも私は家から帰らないものですから、彼女は、それからずっと、ずっとずっと眠っていました。腹が鳴ったり催したりするのも堪えて私が起きている間はずっと、ずっとずっとずっと横になって目蓋を伏せて、たまに本当に寝ているようで歯軋りの音が聞こえてきたり、夢に魘されていたり、布団を蹴飛ばしたり、その度に頭を撫でるのですが、次第にそれすら高度な狸寝入りの術なのではと思って怖くなって、終いには私は彼女に触れることもできなくなってしまいました。

なんとなくこの世の終わりみたいな気分になって、それでやっと気付いたんです。私が彼女に抱いていた愛情だって、人じゃない自分が人間っぽくなることを夢見た幻想みたいなもので、結局私も彼女も虚像をひたすら追い掛けているだけに過ぎなかったんじゃないかと。完璧ではないし尊敬されるに値しないと思い込んではおりましたが、鏡に映る自分は結構恰好良くて黒服が似合っていて仕事が出来そうでした。それから、寝てばかりいる彼女は小さくて白くていじらしくて愛情を注がれる為に生まれてきたような風貌をしておりました。どうしたってこの気持ちは冷めることなどありませんが、やっぱり、二人してこぞって虚像を掴もうと必死になっていただけだったのです。



20150912

back
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -