短編 | ナノ

※現代っぽい



「何でこうなんだろうな」

ポケットの煙草に火を点けるわたしをテルミさんは止めなかった。丈の長いコートが夜風にはためいて、フードを目深く被り直す横顔が苦しい。失恋したんだって、そんな台詞この人の口からは聞きたくなかった。

「テルミさんだったらすぐ次見つかりますって」
「あー、そうだろうな。年下で懐柔しがいがある奴がいいわ」
「たぶらかせー」

ここは二人だけの場所だった。オートロックの無いマンションで、階段を一段飛ばしでのぼっていく。二人だけなんて思っているのはわたしだけで、多分ここでテルミさんは、大好きだった女の人とキスをしたり将来を語り合ったりしていたんだろう(テルミさんが将来だって、なんとなくおかしくて笑ったら少し噎せた)。

「寒いな」
「そうですね」
「コーヒー飲む?」
「いりません」
「一本くれよ」
「吸うんですか?」
「あいつがやめろっつーからやめてた」
「もうやめろって言う人いませんしね」
「ライター……めんどくせぇ、テメェのよこせ」
「あ」

テルミさんの頭の中にはいつも違う人がいた。一年とか、五年とか二年とか半年とか、見掛けによらず誠実らしく期間が被っていることはないらしかった。ただこの人はそういう話を滅多にしなくて、だからわたしは噂話で耳にしては絶望している。こんな絶望些細なものだ。女々しいなあ、と考えて、けれどわたしは女である。
煙が空中を舞ってすんなり消えていく。コートからはふわりと柔軟剤の柔らかい香りがした。これって洗えるんですね、とか呑気に言うべきなのか、わたしじゃ駄目ですか、と切々と語るべきか、多分わたしはどちらも出来ない。

「ミョウジってどこの苗字?」
「さあ。あんまり見掛けたことない」
「テルミってどこにでもいるからな」
「女の人の名前とか」
「ユウキくんって呼ばれたの初めてでさ」
「ふーん」
「あー、久しぶりに吸うとクラクラするわ」
「11ミリだし」
「お前見掛けによらねぇな」
「よく言われます」
「あ、電話」

携帯が震えると慌てて画面を見る。顔には出さないようにしているんだろうけれど、このわたしにそんな痩せ我慢は通用しないのだ。
昔から見てきた表情は、初めて見る顔をしていた。わたしにこんな顔をさせられたらいいのに。ちらつくのは見たこともない元恋人さんの笑顔と、ユウキくんと彼を呼ぶ聞いたこともない声だった。

「ハザマちゃんからだったわ」
「残念でしたね」
「別にそこまで女々しくねーし」
「寒」
「上着いるか?」
「いいです」
「あっそ」
「それお気に入りですね」
「かっこいいだろ」
「テルミさんはこれって感じ」
「そんなつもりじゃねぇんだけどな」

ただの先輩にどうしてここまで執着しているのだろう。テルミさんはいつか言ったけれど、わたしの気持ちは知っているらしい。バカでもわかるわ、とか言う彼にはその時別の彼女がいた。人生なんてそんなものだ。
まだ先の長い煙草を柵の隙間から投げ捨てて、それでも立ち上がらなかった。これ以上わたしに何を話せって言うんだろう。凄く意地の悪い人だ。ぼんやり上を見上げる彼の目には月も星も映っていない。

「屋上行こうぜ」
「鍵閉まってたじゃないですか。飛び降りたかったんです?」
「んなアホなことしねーよ。なんとなく」
「お腹空きました」
「コーヒー」
「いりません」
「卵賞味期限ヤベェんだった」
「料理するんですか?」
「アイツがやってた。あと挽き肉あったな」
「オムレツ食べたいです」
「腹に溜まんねぇだろ。帰るぞ」
「はーい」

わたしにできるのは、やっと後ろめたさが無くなったと安心することだけなんだ。キスで終わる中学生みたいな関係を一人恋愛と呼んで自分を慰めるだけなんだ。虚しいなあ、投げた煙草は柵に跳ね返ってしまった。


20150820

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