短編 | ナノ

※現代パロディー



「何してんだよ」
「冷蔵庫空だったから。テルミさんこの辺に住んでたんだ」
「ナマエちゃん家ってこの裏?」
「そうだけど、もしかして」
「俺も」
「えー、うっそー」

引っ越したんだと彼は言った。結局ファミレスに来ている。テルミさんは三人前ぐらいの食事を一気に注文して、ほとんど噛まずに飲み込んでいた。
仕事終わりにコンビニに来てみたら、まさか上司との対面だ。キサラギさんだったらちょっと嫌だけれど、部署が違うしテルミさんなら悪い気はしなかった。

「掲示板の騒音ってテルミさん?」
「多分」
「いつから?」
「三ヶ月前」
「知ってた?」
「偶然」
「うっそー」
「これはマジな話」

じゃあマジじゃない話があるのか。テルミさんとはたまに話した。自分では中々動かないキサラギさんの代わりに、よく雑用を任されている。
聞けば同い年というから、立場は上でもなんとなく友達感覚でいた。テルミさんも畏まったことは好きでは無いらしく、結構緩く接している。
大量の料理を平らげて、それでもまだ注文しようとメニューを開く彼は痩せている。肉とか魚とか、好き嫌いが無いのはいいことなんだけれども食べ過ぎもまた身体に毒だ。

「テルミさんって胃下垂?」
「そのさん付けやめろや。他人行儀だし」
「まあ大人のマナーっていうか」
「彼氏にもそんなならいいけど」
「彼氏いない」
「ふーん。興味無ェや」
「ユウキくん」
「んだよ」
「気色悪いとか言わないんだ」
「名前で呼ばれることなんて無ェからちょっとビビった」
「ハザマさんからは何て呼ばれてるの?」
「あの、とかどいて下さい、とかあなたとか」
「兄の威厳ゼロだね」
「どっちが兄とかわかんねーし」

テルミさんは双子だった。縁故就職っていうのか、もう片一方も同じ部署にいる。そこまで仲が良いのも少し気持ち悪いと思っていたけれど、二人の仲は案外ドライなようだ。
勿論その片一方に淡い想いを寄せているとかそういうことは無く、ただこのテルミさんと打って変わった好青年だなあとは思う。物腰が柔らかくていつもニコニコしている人、職場ではさぞモテている。

「テメェもハザマのこと好きなのかよ」
「違うけど、わたしも、って」
「学生時代そういうのがしょっちゅうあってよ」
「テルミさんってモテないでしょ」
「モテモテだぜー。見てわかんねぇの?」
「あー、女遊び酷そう」
「嘘だよ」

水が酒に見える。長い溜息を吐いて、テルミさんはいかにハザマさんが女に困っていないかを話した。いっそ飲みに行かないかと出かけるぐらいテルミさんは不憫だ。初恋に始まりどこに行っても、いいなーと思った女の子には彼氏がいてそれはハザマさんだったという。テルミさんは不憫だ。

「でもモテるんでしょ?」
「年上とかアバズレから好かれたって嬉しかねーわ。黒髪がいい。大人しそうな子。言いなりにさせられそうだし?」
「多分そんなだからハザマさんに取られるんだと思う」
「あー、どっかに火遊びしてぇとかいう女子高生いねーかなー」
「ロリコンじゃん」
「冗談だっての」

しかし女子高生に手を出すテルミさんは結構簡単に想像できた。なんか、腕とか縛って意地の悪いセックスを教え込んでいそうだ。いけないいけない、この人は見掛けによらず繊細で優しいんだ。

「注文来ねぇと思ってたら頼んでなかった」
「結構頭弱いよね」
「うるせー。そんなだから彼氏いねぇんだよ」
「そんなだから彼女いねぇんだよ」
「真似すんな。帰るか」
「お御馳走様でーす……って、嘘だからそんな顔しないで!」

帰り道にルーチンのようにコンビニに寄った。テルミさんは案の定お酒を何本か買って、お会計を終えるとそのうちの一本をわたしに投げた。缶を開けると少し溢れてしまった。
駐車場の縁石に腰掛けて、今日は星が見えないなーとか思いながら啜るビールは結構美味しかった。テルミさんは思い付いたようにもう一度店内に入って、ホットドッグを齧りながら出てきた。

「いるか?」
「お腹いっぱい」
「あっそ」
「やっぱ貰う」
「太るぞ」
「エサ与えてるのそっちじゃん」

コンビニ袋の中に同じ物がもう一個入っているのが見えて、なんだ、優しい人だと思ったら食べかけの方を渡された。新しい方にケチャップとマスタードをこれでもかと言うほどつける姿にやっぱり優しい人だと思った。そして結構人を見ている。ファミレスで薬味を避けていたところを多分テルミさんは覚えている。

「仕事キツくねーの?」
「まあまあ」
「俺だったらあんな上司だとすぐやめる」
「ツバキちゃん可愛いし」
「あいつら幼馴染みらしいぜ」
「うちの会社そんなんばっかだね」
「ラグナっていんじゃん? あれはナマエちゃんの上司の兄貴」
「……本当そんなんばっかだね」
「たまたまじゃねーの?」
「ハザマさんとテルミさんは?」
「コネ」

なんだか先行きが不安になってきた。人事に詳しいテルミさんの話は退屈しなかった。一見ただのヤクザかチンピラだけれど、テルミさんは結構仕事ができる。ハザマさんも人を見る目があるとか聞くし、それならどうしてこうなるんだろうかと思わなくもない。
わたしのビールが空く頃に、テルミさんはもう一缶を開けた。家はすぐそこなのに昼の熱気残るアスファルトの上で、たまに視界にちらつく虫を払いながら、こうしているのも悪くはない。

「ナマエちゃんって何階?」
「六階だけど」
「あの電気ついてる家?」
「あ……消し忘れた」
「テメェも結構馬鹿じゃねーか」
「ユウキは三階?」
「言っとくけど俺様は電気消してるからな」
「几帳面でしょ」
「はいはい見掛けによらねーよ」
「ベルト何で二本なの?」
「急に名前で呼ぶのやめろや。からかってんのか」
「からかってんの」

前の方からハザマさんが歩いてくるのを言わなかったのもからかっているからだった。スカートを正すわたしにばっかり気を取られて、近くに来るまでこの人は本当に気付かなかった。

「あの、家の鍵、無いんですが」
「ハザマちゃん!? いつの間にいたんだよ」
「出掛けるんでしたら言ってください。あなたが失くしたせいで一本しか無いんですよ」
「言っとくけど俺じゃねぇから。テメェのストーカーがスッたんだろ」
「どいて下さい。あなたと違って明日も早いんです」
「わー、本当に名前呼ばれない」

ハザマさんはわたしを一瞬だけ(ほんの一瞬だけ)冷たい目で睨んで、それからすぐに人の良さそうな笑顔に戻って話しかける。あ、わたしこの人のこと苦手かも、テルミさんって人を見る目がないかも、と思ったのも同じく一瞬のことだ。

「ミョウジ……いえ、ナマエさんでしたよね。うちの兄がご迷惑をお掛け致しました。夜道は危険ですので、よろしかったら私がお送りしますよ」
「すぐ近くなんで」
「最近物騒ですから。ナマエさんのようにお美しい方、あれみたいなガラの悪い輩に捕まってしまうかもしれませんよ」

あれ、と指差されたテルミさんの不機嫌そうな顔が可愛かった。噛み付かんばかりの勢いで反論して、ちょっとした兄弟喧嘩が始まる。といってもハザマさんは至って冷静で、食ってかかるテルミさんをかわしたりいなしたり、やっぱりテルミさんが可愛らしい。

「大丈夫ですか?」
「ユウキくんに送ってもらうんで大丈夫です」
「……そうですか。あの、そろそろ鍵を渡して頂けませんか。私忙しいんです」
「ほらよ」
「それでは失礼致します」

ああ、多分ハザマさんはテルミさんのことが好きじゃないんだろうな。テルミさんはハザマさんのことが結構好きなんだろうな。
空回りしているなーと、ただの憶測を根拠にテルミさんを哀れむわたしは一体何様だ。ハザマさんの姿が曲がり角に消えて行って、テルミさんは持っていたビールを一気に飲み干して空き缶をゴミ箱にねじ込んだ。

「わたしハザマさんのこと好きじゃないかも」
「俺も」
「うっそー」
「嘘だよ、悪かったな」
「テルミさんのことは好きかも」
「うっそー」
「真似しないで、嘘だから」
「俺はどっちも好きだけどな」
「取られるって思った?」
「そもそも俺のじゃねーし」
「多分ハザマさんってテルミさんと同じ気性だと思う」
「短気なところは大体一緒だな」
「一緒に住んでるんだ」
「安上がりだろ」
「ハザマさんのこと嫌い?」
「今は帰りたくねぇ」
「じゃあ帰ろ」
「……お邪魔します」

電気はやっぱり点けっぱなしだった。おまけにクーラーまで部屋を冷やしている。あーあ、本当ならすぐに帰ってくるはずだったのに。

「名前書いていい? ハザマちゃんに取られたくねぇし」
「嫌」
「あー、モテてー」



20150817

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