短編 | ナノ

今だったら空の中に散り散りになれそうだって、わたし確かに思ったんです。身の回りは狂人で溢れかえっているくせに、一人だって爆弾魔はいませんでした。水蒸気爆発に巻き込まれて、血も肉も吐息もすべて大気の中に埋もれてしまいたかったのに、誰もお願い事を聞いてやくれません。
先日は氷漬けになって永遠にオブジェになってしまいたいと、冷たい少佐に祈りましたけれど、かれはまともな感性を取り戻しておりました。わたしは医務室に連れられて、それから一週間分の錠剤を渡されてしまいました。
死ぬことを神格化しているのです。
出来るだけ凄惨な最期を迎えることが、わたしの何よりの願いです。口の中にはどんどん生温かい唾が溜まっていきます。寝起きのわたしは唾液を飲み込むことができません。小さい頃から、自分の身体が分泌するすべてが気色悪くて怖かったのです。老廃物を見たくないから、わたしは日に五回程度シャワーを浴びました。泡がわたしの身体を包み込んでいます。小さな破裂が羨ましくて、来世はカニの泡になりたいと、その為には死んでしまわなくてはならないと真剣に考えております。

わたしは死んでしまわなくてはならない人間です。目の前で教会が燃えて、半分生きたまんま焼け死んでしまったシスターの声にならない断末魔は今でもわたしの耳に張り付いて離れません。もし大人を呼んでいたら、少なからず彼女は生きながらえたのではないかと、けれど黙っていれば誰もわたしを責められないことも知っておりましたので、わたしは、誰にも言えない秘密を抱え込んでいます。罪滅ぼしのためにわたしは、その方角に向かって毎晩土下座をするのです。許しを乞うのです。ソンナことをもう何千日繰り返していることでしょう。

テルミさんは呑気にお紅茶を啜っておりました。わたしは、テルミさんを見ていると、世の中の残忍非道の中心は彼であってわたしの罪は取るに足らないんだと安心するのです。テルミさんを出来るだけ怒らせて、逆上した彼に虐殺されてしまうことを日々願っておりました。わたしには死は誰にでも等しく与えられた最後のロマンティシズムの塊でありました。わたしは死んでしまいたいのです。世の中のカルマから解放されたいのです。

「ナマエちゃんよぉ、そろそろ自分の足で歩けや」
「(わたしは歩けません。両足の腱を遊び心で切って、取り返しがつかなくなったのです)」
「もう誰も、テメェのことなんざ恨んじゃいねェから」
「(それではいけないのです)神様」
「殺さねェよ。ナマエちゃんだけは」

テルミさんは悲しそうに、もう感覚の無い左手を握りました。キットその手は暖かいのです。テルミさんの黒くて緑色の影が、罪滅ぼしみたいにわたしの頭を撫でました。
影の口許はいつも嗤っておりましたが、その時ばかりはへの字に歪んでおりました。もしテルミさんに身体があったら、わたしを陵辱して下さるでしょうか。

「テルミさん、わたしはあなたの身体になりたいんです」

ごめんな、とテルミさんは呟くように言うと、す、と暗闇に消えていきました。心臓の音だけが部屋に残って、わたしを連れ去ってくれそうな望みはもう目の前には現れませんでした。


20150805

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