短編 | ナノ

緩やかな星の坂を昇っている。
わたしだけの街が欲しかった。ファミレスにも病院にも郵便局にもいるのはわたしだけで、ただ一人きりなんではなくて、住民が全員わたしなのだ。わたしだから悩み事を共有出来るし会話も弾む。街全体がわたしのネットワークなので、嫌なことはなんにもない理想郷のような、わたしだけがいる街が欲しかった。ただ非現実的なので、わたしは自分だけの場所を探している。
今夜辿り着いたのは世にも珍しい田舎道だ。澄んだ空気に一面の田畑で、街灯が何十メートルかおきにあるだけのほとんど真っ暗な世界である。そこは勾配になっていて、河の音を聞きながら、整頓された砂利道をザクザクと、生臭い足音を立てながら歩いている。星と月の灯りだけで歩いている。蛾の集る街灯5つを目印にして、休憩しては流れ星を捜していた。

「無い」

何回立ち止まっただろうか。上り坂が体力を奪って行くけれど、帰りは走り抜けたら一瞬だと考えて、終着点の見えない旅を続けている。旅とか言うけれど、翌日も仕事があるのでいつも日付を跨ぐ時間には帰路を目指すのだ。そういった自分の現実に囚われている感じが嫌いなのだ。わたしだけの街があればきっと皆理路整然と働くだろう。わたしはそんな面白味のない女だった。

「無い」

何時から数えるのを諦めただろうか。多分小一時間前、14と15がわからなくなったあたりだ。その辺りから、この終点はキット誰も知らなくて、街全体が見渡せる美しい場所なんだと漠然とした希望を持ち始めた。夜道を一人で歩く趣味は何度か注意されたことがある。その人の言葉なんて聞く耳を傾ける気も起きなかった。丁度その人がそうするように、わたしだってハザマさんなんかの言うことは聞かなくてもいいのだ。

「無い」

今日も何も得られないまま日付が変わった。これだけ星空が拡がっていて、わたしは流星の一つ見つけることができない。それなのにどうして一人の人を探し当てることができると言うのだろうか。わたしが欲しいのはわたしだけの街でも、誰も知らない場所でも、星屑でもなくて、ただの一人だった。素性のわからないその人なのだ。

「無かった」
「何が無かったのですか? ミョウジさん」
「う、うわあ!」

どこから湧いたのか、独り言への返答は予想外過ぎて、尻餅をつくぐらい驚いてしまった。手が伸びてくる。取る気は起きない。ハザマさんがまたわたしの邪魔をしに来た。

「なんでいるんですか!」
「お姿が見えなかったのでまたナンパ待ちでもしているのかと思いまして。誘いに来たんですよ。今晩はうちに泊まって行きませんか」
「無い」
「あー、私またフラれてしまいましたね。帰りますよ」
「……はい」

ハザマさんはたまにこうしてわたしを迎えに来る。最初は駅の近くで狭い路地を捜していた時、次は終電で終点まで乗り過ごしに来た時、目的地を知っているかのように先回りされている気がするけれど、そんなに会うことが無い辺りもしかしたら毎日どこかで待って、偶然合致しているのではないかと考える。そんなことを考えている自分が大分馬鹿らしい。

「一人で帰れますから、もう来ないでください」
「部下の面倒を見るのも上司の勤めですので。これでも一応心配しているんですよ? 私の気持ち、届きませんかね」
「知りませんし、職務時間外です」
「こちらにも責任感があるのです。探し物の在り処を知っている身としては」
「はい?」

ぶらぶらと、癖のように5個の街灯の後に空を見上げても星は流れない。わたしの探し物を知っているだなんて、この人は何を勘違いしているんだろうか。
見つけたいのは人だった。いつ会ったのかわからない、名前も知らない男の人だ。粗雑で乱暴で、悩み事の一つも口に出さない自信家というぐらいしか記憶にない、漠然とした人を探している。こんな馬鹿らしいこと誰に話したこともないのだ。

「何探してると思ってるんですか」
「あ、流れ星ですよ、ミョウジさん!」
「え? どこですか!」
「もう消えました。願い事は、そうですね……ナマエが早く気付きますように」
「ハザマさん?」
「灯台下暗しって言葉をご存知ですか」

横目に見上げたハザマさんは、星を見ながら呟いていた。滅多に見せない金色が月の光を反射している。何かが見つかりそうで、けれど何を失くしていたかが思い出せない。
星の坂を下っている。見慣れた街灯りからは逃げられなかった。この灯りの一つ一つを調べたら見つかるんだろうか。



20150724

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