短編 | ナノ

あゝ懐かしの国々よ!!!




不思議となんでもできそうな気がした。視界の隅ではレリウスさんがお人形遊びをしている。みんなが仲の良いこの世界は多分、別ルートだ。わたしがたまに見る一瞬の夢なのだ。

「バンドしてぇー」
「テルミさんそれ前も言ってた。成功しますよ」
「だったらつまんねぇからいいわ」
「どうなりたいの?」
「こら、上司に対してタメ口を聞くのはやめなさい」
「うわーハザマさんだー」

飛行機が風を切る音が聞こえた。換気扇との絶妙なピッチのズレに気分を悪くしながら、ハザマさんが、ゆで卵の殻を剥くところを見ている。長い指は器用に丁寧に殻を剥がしていって、いとも簡単に飲み込まれていく。
猫騒動も我慢大会も並行世界もわたしにとってはあらゆる可能性の一つだった。今回は何が起こるんだろう。こんなんじゃ、わたしの方がよっぽど傍観者だ。

「さて、行きますか」
「どこへ?」
「ラグナくんと釣りですよ」
「仲良しになったんですね」
「彼もようやく、テルミさんと私が別物だとわかって下さったようですからね」
「あー、そういう」
「あんまりメタ的な思考はおよしなさい。それで、ついて来るんでしょう?」
「嫌ですよ。テルミさんだけ置いてってください」
「あーはいはい」

ハザマさんは気だるそうに部屋を出て行った。そのあとすぐにテルミさんが、同じく気だるく戻ってくる。けれどハザマさんとテルミさんが二人とも同時に存在することをわたしは知っていた。この世界はそういうものなのだ。

「で、俺様に何か用?」
「なんもない」
「んじゃ、トランプでもすっか。レリウスとイグニスでも呼んで」
「イグニスさんカード持てないですよ。すぐ切れちゃう」
「確かにあいつ爪長ェもんな」
「違和感は?」
「多少」

これは可能性の一つだ。目的は忘れていないしいがみ合いだってあるし、ナインは死んでいるしキサラギ少佐はハクメンだ。同時にあるものがなかったり、ないものがあったり、わたしだけとり残して皆正常に頭が壊れている。面白いし、楽しいし、悲しくもある。気が付いたらまた世界はハザマさんとテルミさんを一つにしてしまうのに、わたしは一度も彼らと三人で話したことがない。
テルミさんはのんきに冷めた紅茶をすすっている。わたしだけが心のどこかに穴が空いたように取り残されている。

「ぬっる!」
「淹れませんよ」
「気が利かねーなあ」
「わたしはお茶汲みではありません」
「仕方ねぇしこれで我慢するわ」
「淹れ方知らないの?」
「知らねー」

一気に飲むものでもないのに、カップを空けて、かと言って何をするわけでもなく時間が過ぎていく。素直に楽しめばいいのに、頭がやけにぼんやりして何も楽しいと思えない。
わたしは何を求めているのだろう。テルミさんなんだろうか、ハザマさんなのだろうか。どの道今の二人には何の期待もできなかった。今のわたしは空っぽだ。

「あのさー、辛気臭ェ顔してねぇで、何か話せよ」
「……」
「あ? 無視かよ」
「話すことが見当たらない」
「んじゃいいわ。寝るから話しかけんな」
「お散歩行きたい」
「行くか」
「……はい」

普段ならここで、は? 何言ってんだ、とかそう言った拒絶の返事が即答されるのだ。この世界はオカシイ。外を歩いて、夢から醒めた後を考えるととてもじゃないが笑う気になれなかった。どんなに楽しそうな話題を持ち掛けられても、別次元な集いの予定を聞かされても、テルミさんの言う今度は来ないことをわたしは知っている。
夢から醒めた後がどんなに悲しいかを知っている。

「んだよ、今日のナマエは釣れねぇな」
「いつもこうです」
「たまには休憩させてくれてもいいだろ」
「駄目です」
「頑固じゃねぇか」
「駄目です、どうせ覚えてないくせに」
「知らねえフリしてるだけって分かんねーの? お前やっぱ馬鹿だわ」
「どんな気持ちでいるの?」
「普通」
「普通」
「普通にしとけって。どうせまた来るだろ」
「普通、普通……。よし、テルミさん公園に行きましょう」
「あーはいはい」
「シーソーゲーム」
「ナマエちゃん重いもんな」
「テルミさんよりはずっと軽いです!」

近所に公園なんてあっただろうか。生まれてこの方シーソーなんて乗ったことがない。滑り台もブランコも、遊んでみたいと願うと簡単にその場所は現れた。不思議なこともあるものだ。

「やっぱ俺の方が重いな」
「当たり前です」
「話になんねぇ、あれでいいだろ。靴飛ばすやつ。んで最後ジャンプして柵を乗り越える」
「ブランコはそういう危ない乗り物じゃありません」

キーコー、キーコー、前に進まない乗り物にゆっくり揺られて、この世界に溶けていきそうな感覚がした。このまま後ろにも前にも進まない、立ち止まって、同じ場所を行ったり来たりしている。

「テルミさんみたい」
「何がだよ」
「カラスが鳴いたら帰りましょー」
「音痴」
「本気で歌えば上手いから」
「俺様程ではねぇだろうけどな」
「テルミさんメインボーカルだもんね」
「何の話だよ」
「ギター聴きたい」
「音楽が分かるやつにしか聴かせねぇ」
「テルミさんのことならわかるよ」
「ハザマのことだろ」
「どっちも?」
「やっといつものナマエちゃんに戻ったな」
「背中押して、漕ぎ方よくわかんないです」
「保護者じゃねぇんだよ。仕方ねぇな」

乱暴にブランコから飛び降りて、テルミさんがわたしの背中を押す。結構痛くて文句を言うと思い切り押されてしまった。空に飛んでいきそうだった。遅い休日は、すぐにカラスを運んできた。

「テルミさん、もう押さないでください。帰ります」
「んじゃ跳べよ。中途半端だと柵に足引っ掛けて死ぬからな」
「死にはしないよ。跳びません、押すのやめてー」
「跳ばねぇなら飛ばすぞ」
「もーわかりましたよー」

要領を掴めないまま跳ぶと、柵を越えるどころか物凄く手前に着地してしまった。なんだか恥ずかしくて、わたしは何にも喋らないでテルミさんの腕を引いた。
カラスが何羽か、カー、カー、鳴くのを止めてくれたらいいのに。どんどん空は青から橙色に変わっていく。遠くが紫色に染まりかけている、睡眠時間としての夜が来るのだ。

「楽しかったか?」
「うん」
「跳べとか言って悪かったな」
「怖かったです」
「怪我が無くてよかったわ。……あー、こうしてると恋人同士みてぇだけど、話の内容が親子で悲しくなるわ」
「テルミパパとか想像出来ません」
「嫁さんの方が想像出来ねぇ」
「テルミさんモテそうにありません」
「こんなにイケてんのにどうして女の一人二人出来ねぇんだろうな」
「性格ですよ」
「黙ってろ。まあ、元気になったみたいでよかったわ」
「なんか案外普通です」

帰り道わたし達はラグナさんとハザマさんに出くわした。二人とも手ぶらだった。魚は猫に盗まれたんだという、ラグナさんはテルミさんを見ても何も言わなかった。
わたしだけぼんやり、三人、というよりは二人に挟まれて普通の気持ちでいられなくなっている。普通、普通、普通、何度唱えてもやっぱり引っ掛かるのだ。

「オイ、帰るぞ」
「…………」
「ナマエさーん、帰りますよー」
「……あっ、はい」
「今日のナマエさんはおかしいですね。お土産はありませんが、面白い話ならいっぱいありますので楽しみにしていてください」
「はー? ラグナちゃんとテメェの二人にって時点でシケてんじゃねぇか。期待できねー。な? ナマエちゃん」
「……」
「もしもーし」

わたしが望んだ世界の筈だった。ハザマさんもテルミさんも大切で、もしいざこざが無ければこんな感じで過ごしていたんだろうか。普通が綻んでいく。帰る家の方向がまるで違う。

「今日楽しかったんです」
「それはよかったですね。ナマエさんは箸が転げても面白いお年頃ですから、テルミさんみたいな輩といても楽しいんでしょうね」
「喧嘩売ってんのか?」
「とんでもない! それよりナマエさん、もっと話を聞かせて下さい」
「テルミさんがパパになる話しました」
「は、はい!? テルミさん一体どこで……!」
「勘違いさせるような言い方すんな!」
「ところでテルミさんの子なら私の子供にもなるんでしょうか」
「ハザマちゃん子供作れんの?」
「さあ。試してみますか? ナマエさんで」
「え、冗談でもやめてくださいよ。部下ですよ」
「いいんじゃねぇの? 上司と部下の禁断の恋みてぇな」
「嫌ですよ」
「ありませんね」
「ふーん。俺は全然アリだけど」
「テルミさん気持ち悪いです」
「第一テルミさんはナマエの上司ではありませんよ」

三人でする会話が心地良かった。行きは良い良い帰りは長い。願い事を叶えるかのように、道が終わらない。

「あ、一番星みつけた」
「ナマエ、着きましたよ。今日はこれでおしまいです」



20150723

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