短編 | ナノ

卑下する為でした。


傷付かない為にはどうすればいいんでしょうか。わたしは馬鹿で、いつも後悔ばかりしている。ハザマ大尉の淹れたコーヒーを飲んで噎せ返る様を、彼は酷く残念そうに眺めていた。わたしは馬鹿で、いつも後悔ばかりしている。ハザマ大尉はいつもわたしを殺そうとしている。こんなことならいっそ、そのナイフで八つ裂きにして欲しかった。何が悲しくてこんなに陰湿なことをされているのだろう。毎日の食事にヒ素が入っていることをわたしは知っている。爪に遺る白線を眺めながら、身体は案外頑丈に出来ているんだなアと考えている。

「ハザマ大尉、ご休憩なさったらいかがですか」
「では昼寝でもしましょうか、ミョウジ中尉も一緒に」
「はあ」
「寝る前にコーヒーでも飲みますか。ああ、今回はご安心ください」

ごめんなさい。わたしはハザマ大尉に何をしたのだろうか。息苦しくて目を覚ましたら、顔に袋を被せられていた。今度は部屋に白百合でも運ばれるのだろうか。ハザマ大尉からプレゼントされた古めかしいストーブに火を点ける気が起きない。どうしてこんなに回りくどいことをするのか答えが見つからない。

「ハザマ大尉、お仕事ですか?」
「まあそんなところです。ミョウジ中尉あなたはここで……」
「ハザマ大尉!」

声を荒げたのは初めてだ。なのにハザマ大尉は、至極当然そうにわたしを眺めている。叫んだはいいけれど何を話せばいいのか、わたしは嫌な形跡の遺る自分の爪ばかりを弄って、空調の音だけが耳に残る。こんなもの無くたって過ごしやすいのに。この部屋はいつもひんやりとしている。ハザマ大尉もいつも程よく冷たい指先でいた。

「……」
「何も無いなら行きますが」
「あの、どうして」
「何ですか? 言いたいことがあるのならハッキリ申し上げて下さいませんかねぇ、私、貴女に構っていられる程暇では無いのですが」
「だったらさっさと殺せばいいじゃないですか!」

殺す? と、ハザマ大尉は首を傾げた。何を言っているんだろう。我に帰ったのはすぐ後のことだ。空調の音が無くなる、自分の心音だけが醜く身体中に響いていた。
ソファに腰を掛けて、ハザマ大尉が、わたしを両眼で見ている。この人はいつもわたしではない誰かを見るような目をしていた。ただわたしに緩やかな死を与える時だけ金色の瞳を覗かせて、そして安心したような顔をする。

「本当はこんなことはしたくないのですよ」
「それならやめて下さい!」
「ただ、貴女の破片を拾うのはもう飽き飽きなんです。ミョウジ中尉には、出来るだけ美しく死んで頂きたいのですよ」

ハザマ大尉が近付く。耳元でいつもの饒舌が聞こえた。バラバラに散らばられたり、見つからなかったり、老いたり、それが何よりも怖いのです。まるで何度もわたしの死を眺めてきたかのような口ぶりに背筋が凍る。わたしはハザマ大尉の何だったのだろうか。人生は何度も繰り返されるのだろうか。

「こんなことなら出会わなければよかった」
「あはは、わたしも同じことを考えてました」
「次は関わらないと何度誓ったことでしょうか。ミョウジ中尉、この部屋のカーテンレールは、丈夫に出来ておりますので」

ハザマさんと、明るく名前を呼んでいた気がする。投げられた短いネクタイを首に掛けて、走馬灯には知らない自分が何度も死んでいた。その度にハザマ大尉はひどく辛そうな顔をする。わたしは馬鹿でいつも後悔ばかりしている。足をジタバタさせても、ネクタイを解こうとしても、段々耳が遠くなって意識がぼんやりしてきて、最期に見えたのはハザマ大尉の優しい笑い顔だった。


20150722

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