短編 | ナノ

死後の恋(連続性)


彼に出会ったことを間違えだったと思ったことは無いし、失敗だったとも思わない。後悔もしなければひたすら清らかに、わたしは彼を愛し続けていました。例えば黄緑色の髪であったり、金色に光る目玉だったり、どれを取ってもわたしにとっては愛しくて、素直な気持を話せない怖ろしさを孕んだ性分だって、わたし一人にとっては何よりも変え難いものだったのです。
もしわたしがいなければ、彼は踏み外した道をそのままにして、どこまでも非情に、どこまでも残酷にあったのかもしれません。わたしには何もわかりません。匂いがしない、温度が無い、味の無い世界に一時だけ飛ばされて、多分、次に気が付いたらまた変わら無い朝が来ている。それは怖くもあるし心待ちでもありました。わたしはもう一度彼に逢えます。もう一度だけではなく、二度も、三度も、何回も何回もこの世界を繰り返す彼と同じように、わたしは何度だって彼に出逢えるのです。

風に流された砂埃が目に入って、少し長い瞬きから覚めた時でした。わたしは木陰にいて、目の前には彼がいたのです。もしかして、こういった話を一度したことがあるかもしれません。昔の自分の台詞というのは案外本質を射抜いていて、その時からわたしは知っていたのかもしれません。

「テルミさん」
「おう、今度は早ぇじゃねえか。関心関心」
「だってわたし、ここを知っていますから」
「だろうよ。こう何度もあっちゃ、記憶が残ってたって不思議じゃねえわ」

テルミさんはわたしの頭をくしゃくしゃ撫でながら、意地の悪そうに笑います。フードを目深く被る彼が、結構わたしは好きでした。彼はキット、不思議なぐらいが丁度いいのです。わたしは彼のことを何も知りません。けれど何でも知っています。だからわたしは哀しくなることがあります。
次に目を開くと電車内におりました。これはわたしではないわたしの中です。わたしはこのわたしの中で、ズット、テルミさんを待っておりました。

「テルミさん」
「今はハザマですよ。ミョウジ」
「そっか。次は?」
「そんなに会いたいのなら次はテルミさんでしょうね」
「今回は長くありませんか?」
「毎回こんなもんですって。この世界はあなたが作り出したあなたの為だけの世界ですから」
「違いますよ、わたしとテルミさんの世界です。テルミさんがもう一度繰り返す前の休憩のような」
「なるほど、休憩ですか」

揺られる、ここはどの都市でどの時代なのでしょうか。混雑した車両内で、周りには人が大勢いるけれど一人として顔はありません。わたしの知らない顔ナンテのは無いのと変わりないのです。
少しずつ匂いが戻ってきます。わたしは、この時間をいつも大切にしていました。記憶の無いわたしをテルミさんはいつも、淋しげな目で見つめました。ハザマさんは気の毒そうに、ソンナわたし達を眺めているのです。
そうして目を開いたら、何度も見た都市におりました。キレイな空気を感じます。ただ、ここはまだ終点ではありません。

「テルミさん」
「あ?」
「呼んだだけかもしれません」
「何笑ってやがんだよ」
「特に理由はありませんけど」
「おう、そうか。面白えな」
「テルミさんといたら何が起きたって面白いんです」
「そりゃあよかったな。俺様といて面白いなんざテメェぐらいだわ」
「ねえ、わたし」

成長しましたか、と、苦笑いをすると、テルミさんは視線を右下に外しました。違うんです、もっとわたしは、テルミさんに見てもらいたい。テルミさんがみていてくれないとわたしは形も保てないのです。
ここは死後の世界です。わたしはいつも、繰り返される前に死んでしまいます。テルミさんが暇な時間を、わたしの死後に付き合って下さっているのです。そうしてまた始まる時には、わたしは生まれて、知らない間にテルミさんに出会って、その繰り返しです。わたしは最初からテルミさんを好きだと言えたことがあったでしょうか。死んだ後が一番深まってしまうことを誰か咎めてください。わたしはもう、なんだっていいんです。ただテルミさんがいることだけがわたしの少ない救いなのです。

「テルミさん、中々、変わりませんね」
「もう少しだけどな」
「なんだって知ってるんですね」
「当たり前だろ、何回目だと思ってやがる」
「もう言葉は要らないのかもしれない」
「それでもお喋舌りをやめらんねえのがテメェだろ」
「わたしヤッパリ、成長してませんか?」
「したさ、最初なんてな、俺の顔は覚えてねぇわ、泣くだけで話も通じねぇわでマジめんどくさかったし?」
「どうして見捨てないんですか?」
「あー、やっぱテメェ変わんねえわ」

答えの分かりきった質問をわざとするのもわたしの悪い癖なのです。テルミさんも、わたしが彼に抱く感情と同じよりもっと大きいぐらい、わたしを愛して下さっているのです。ひたすら澄み切った風が頬とか、髪とかを撫でていきます。テルミさんはわたしにまだ触れません。今はまだ、わたしはわたしの形を保つのでヤットで、確かいつかは抱き締められて壊れてしまいました。

「わたし、死んだんですね」
「ああ、自殺。バカ過ぎて笑っちまったわ」
「これでもイッパイ悩んだんですよ」
「だろうな、知ってる」
「勇気だって要ったんですよ」
「当然だろうな」
「それでも、わたし」
「なあ、ナマエ」
「え?」

最後に目を開いた時、わたしは辺り一面真っ白で、何にも無い場所におりました。ただテルミさんだけがいて、わたしにはテルミさんが全てなので、ここは何も無いと言うにはあまりに語弊があります。
手があって、足があって、顔があって身体があって気持がある、ようやく整った自分は、二本の足で地面に立っている。
テルミさんが近付いて、抱き締めて、身長差を埋めないで、頭の上から囁き掛けます。

「悪かった。次はちゃんと幸せにしてやる」
「テルミ……さん」
「またな」

目の前が爆ぜて、そこからの記憶は一旦途切れます。できれば次の世界で最後になりますように。途切れるのだけれど、頭の中に一つ、テルミさんの声だけは残りました。愛してる。



20150702

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