あの時死ぬまで傍にいると言った彼女はもういない。ある筈の無い影を追いかけては女々しい自分に失望している。もう何年前のことか数えるのも諦めてしまった。次第に彼女が死ぬことすら事務的に処理してしまう自分はキット病気だ。
仕合せの結末
ねエ、ハザマさん。わたしが死んでしまった後はどうやって生きていくつもりなんですか。彼女の問答はいつも返答に困るものだった。どうやって、以前に何故自分が死ぬことを前提としているのだろうか。何を返せば彼女は満足するのだろうか。大概答え合わせの無い台詞にいつしか自分は生返事を返すことを最適解として妥協している。
「さてどうしましょうか。ちょっと書類の整理をお願いしてもいいですか」
「諜報部のやつですか?」
「本部の書類です、封の術式を解いておいてください。コードはいつもの」
「はーい」
ジュースを口に含んで、彼女は仕事をするつもりは無さそうだった。馬鹿な部下を持ったものだ。そしてそれを手放さない私自身もまたとんだ阿呆である。
彼女の最初の死は転落だった。少し手を伸ばせば届いたのに、自分はそれをしなかった。まさか彼女が本当に消えてしまうナンテ、毛ほども予想していなかったのである。
浅墓。
電子ピアノの音の鳴り響く部屋で、今度の彼女は自分が行方知らずになったらどうするかと問うた。そうですね、捜しますよ。それよりも印鑑が無いので探しておいてください。
次の彼女は派遣先から帰ってこなかった。大方死亡したのだろうが遺体すら見つからない。子の頃から、彼女は預言者かなにかなのではと自分は疑い始める。
浅墓。
陽気な鼻歌を奏でながら、彼女はいつになく上機嫌に仕事をこなしていた。それだけでも十分不可解なのに、これまた不可思議なことを口走る。わたしはキット波にさらわれてしまいます。勿論その通りになった。彼女の乗った魔操船は海上に不時着、彼女一人だけが海の藻屑となってしまった。
いよいよ不気味に思って私は彼女を囲うようになったのが、どうやっても、年末すら迎えずにナマエは死んでしまう。ある時は轢死だった。ある時は自殺だった。ある時は内戦に巻き込まれた。
「ナマエさん、今度はどこにも行かないでください」
「ハザマさんが泣くだなんて珍しい。そうだ、わたしが誘拐された時……」
「それ以上は話さないでください。お願いですから」
「変なの」
浅墓。
彼女の言葉を遮ったところでどうにもならないことは知っていた。いつかの彼女は任務のショックで失語症になってしまっている。その時ですら彼女は死んだ。悲愴な表情ひとつ浮かべず、まるでそうなるのが世界の道理のように彼女は私の視線の外にいってしまう。どんなに縛り付けても、どんなに監視しても、どんなに気を付けても、彼女はいとも簡単に世の中から外れてしまうのだ。ひとりでに消えていく姿に自分はもううんざりしていたに違いない。
浅墓。
「もう会わない方がいいのかもしれません」
「それって?」
「異動ですよ。ナマエさん、この仕事はつまらないと仰っていたではありませんか。上司からの些細なプレゼントです、受け取ってください」
「栄転……」
きっと私と関わらなければ彼女は仕合せなのだ。そう考えていた自分が懐かしい。やはり彼女はどこにいたって死んでしまう。病の発覚だとか、パワーハラスメントだとか、事故だとか、世界は彼女を消そうとしている。
浅墓。浅墓浅墓浅墓浅墓浅墓浅墓浅
その日私は罪の無い人間を二人殺した。貴女は生まれて来なければいいのです。私は貴女の死ぬ姿を見ることに疲れてしまいました。どうやっても避けられない結末を逃れるにはこれしか無かったのです。子供姿の彼女の両親になる筈だった二人は完全に息絶えました。お墓は三つ作りました。どうしようもない虚無感と、どうせまた繰り返すのだからこれは実験に過ぎないのだという言い訳が交差して、罪悪感だけは受け止めずに済んだのです。
浅墓でした。
丁度その時間軸で、長過ぎたループは終わってしまいました。ナンテ事をしてしまったのでしょう。私に残されたのは、人間を三人殺した後悔と世間への悪意だけでした。
5:44 2014/12/29