短編 | ナノ

眼房の影


アテンション!!!


 わたしは追われています。常に黒い影がわたしを殺してしまおうと必死なのです。これは被害妄想ではありませんし、事実でもありません。わたしは盲目的に、いつか自分を殺してくれる人間の登場を夢見ているのでした。テルミさんのことが大好きです。わたしを殺してくれるから、彼のことがとっても、好きなのです。

恋慕に似た感情をいつも抱いておりました。教科書の中の彼の肖像画は、それが描かれたことどころか英雄の一人に数えられることすら不本意そうに笑っているのです。絵に描いたような(尤も絵画なのですが)極悪人に恋心を抱くのにそう時間はかかりませんでした。なんて馬鹿なのでしょう、わたしは今後どうあっても会うことすら叶わない男性の出現を待ち望んでいたのです。

卒業して間も無く、わたしは念願の諜報部に配属されました。ここならキット、捕まった自分を惨殺してくれるような敵役が現れる筈なのです。しかし、新人のしかも人間の子供である自分に任される仕事は単純な事務作業ばかりでした。毎日毎日、似たような書類を始末してコーヒーを汲んで、紙を印刷して、キーボードを打ち込んで、こんなことそこらの頭の悪そうな女にだってできるのに、と悪態を付くまでがわたしの仕事でした。
一年が経って、同期が急に職場を離れた時です。ついにわたしの新米という烙印は取り消されて、上官付の補佐官に格が上がりました。

「ハザマ大尉は、お優しそうですよね」
「まあそうですけど。こう見えて結構モテるんですよ、私」
「わたしは優しい人嫌いですけどね。あア、ハザマ大尉はただタイプじゃないだけです」
「辛辣ですね。私はミョウジさんのことは割と気に入っていますよ。頭の悪そうなところや無礼なところとか特に」
「それって困りますね」
「需要と供給なんてそうめったに噛みあうものではありませんからね」

ところで、とハザマ大尉付け足しました。それから少しばかり間が空いて、咳払いをして、彼は決まりの悪そうに台詞を続けるのです。

「ミョウジさんはどういった人がお好きなんですか? いえ、別に深い意味は無いのですが」
「わたしですか! わたしは、ユウキ=テルミ様みたいな殺気立った人が……あっ、忘れてください」
「テルミ……」

キット笑われてしまう。そうに違いありません。実のところテルミさんナンテ、どんな人となりだったのか少しも後世に伝わっていないのに。もしかしたらとても優しいお方だったかもしれませんし、ひょっとすると朗らかで、ただ目付きが悪いだけの、それをコンプレックスに思うようなか弱な感情の持ち主だったかもしれません。
ハザマ大尉はいつもの笑顔を崩しませんでした。わたしは彼の、そういった読めないところが気に食わないのです。せめて畏怖を感じるような狂気的なそれであれば、わたしは彼を死の象徴として崇めていたかもしれないと言うのに(たとえば肖像画のテルミさんのような)。

「会ってみたいですか?」
「勿論、ですけど、古い方ですから、仮に生きていたとしてもう動けないぐらい老いているに決まっています。わたしにとっての彼の人はアイドルのような、神様のようなものですから」
「それもそうですね。では、会ったとして何を話したいんですか?」
「わたしを殺してください」

そこまで言って、ハッとしました。誰にも知られてはいけない自分の性癖についてこうも簡単に口を滑らせてしまうだナンテ、自分はなんと恥ずかしい人間なのでしょうか。
ハザマ大尉はそれでも貼り付いたような笑顔を崩しませんでしたが、キット、腹の中ではわたしを嘲ているに違いありません。ナンテ、自分は馬鹿なのだろう。つられて笑うことぐらいしかわたしに残された道はありませんでした。大概のことは笑っていればなんとかなるのです。

「面白い部下を持って私は光栄ですよ。ただ、テルミさんは貴女を殺さないでしょうね」
「うん……どうしてそう思われるんですか?」
「テルミさんも貴女のことが好きだからですよ」


 気付きませんでしたか、と、金色の瞳で彼はわたしを覗き込みました。背筋を走る悪寒は間違えなくわたしが待ち焦がれていたそれでしたが、結局願い事には手も足も鼻の先すらも届かないのです。
 ハザマ大尉のような人物はわたしの頭をグシャリと撫ぜて、大量の書類をひとつも片付けないまま部屋を出て行ってしまいました。どう嫌われればわたしを殺してくれるのか、頭の中がふしだらな欲望に塗れていくのを感じながらわたしはわたしを嘲笑しました。



20141229

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