時計がめちゃくちゃに回り始めた。電波式はこれだからいけない。少し魔素の濃い地区に来るとすぐにアテにならなくなる。
「はあ、買い替えなきゃ」
「それならば買って差し上げますよ」
耳元の声にビクリと振り返ると、見慣れた上官の姿があった。ハザマ大尉は制服のようにいつもと変わらない出で立ちで、まるで自分の長身を自慢するように屈んでいる。
「お疲れ様です。どうしてこちらに」
「どん臭い歩き方の女の子がいたもんで、何かお困りかと様子を見に来ただけですよ。まさかミョウジ少尉だったなんてね、偶然です」
「つけてきてたんですか。そんなことしなくても任務を放棄なんてしませんよ」
「とんでもない。本当にたまたまですって。第一貴女のような凡庸な兵士に監視なんて付きませんよ」
どうしてわたしには何もないんだろう。部署の希望も通らないし、術式適性は平均値、生まれは中流階級で加えて胸も無い。この人が単にわたしをからかっているだけなのは分かるが、的確にコンプレックスを抉られてはこちらとしてはたまったもんではないのだ。
「おっといけない。外では恋人同士でしたね、ナマエちゃん」
「それ、まだ続けてたんですね……」
いつかハザマ大尉の重要な任務中に敬礼してしまったときに急遽設けられた馬鹿馬鹿しいルールだ。
持て余した手の置き場のようにグシャリと頭を撫でられる。こんな珍妙なカップルはかえって不自然ではないだろうか。
「せめてちゃん付けはやめてください」
「では私のことをハザマと呼べますか?」
「ハザマ……さん」
「良くできた部下です。ナナヤ少尉なら間髪入れず呼び捨てたでしょうね」
「マコトは素直ですから」
「貴女だって十分素直ですよ、ナマエちゃん」
笑いながら(といってもこの人はいつもへらへらしているが)ハザマさんはわたしの腕を引いた。時計屋に連れて行かれるらしい。幸いこの辺には目当てのものは無かったので、引き返す意味でもついて行く。
「本当にハザマさんが買ってくださるんですか」
「私の言うことを一々真に受けるのなんて貴女ぐらいですよ。自分の物ぐらい自分で新調してください」
「はア……、そりゃそうですよね」
「何なら私のを差し上げても構いませんが。ナマエちゃんの給料三年分」
「うわあ、やめときます」
7:45 2014/02/18