短編 | ナノ

帰葬


「ミョウジ、何をしているんですか。起きて下さい」

目が覚めたら知らない世界におりました。とか言うのはただの言い訳で、どんどん視界がクリアになって参ります。そうだ、わたしはハザマさんの、あれ、なんだったっけ。聞き覚えがあるんだか無いんだかわからない名前で呼ばれて、そういえばそんなことがあったなアとぼんやりと思い出していくのです。

「ハザマさん……?」
「ぼーっとしてないで早く支度をしてください。もたもたしていたら置いて行きますよ」
「置いてって、どこかいくんですか」
「あーもういつまで寝ぼけているんですか! 今日はレリウス大佐との会議の日ですよ!」
「あー……あー、そうでした、すみません」

ぼんやりと考えている。わたしはここにいつからいたのだろう。ズット前からな気もすれば、今ここに来た感覚もある。何か大切なことを忘れているような、忘れていないような、咽喉の奥に何かが引っかかっている。飲み込んだら胸の奥に沈んでいって、気持が晴れたり曇ったりを繰り返している。
ハザマさんは慌しく身支度を整えていた。大きなベッドの上でまぶたを擦って、何を急ぐ必要があるんだろうと思っている。ただ、まばたきをする度に事の重大さを思い出して、そういえばこの人は朝が弱かったなア、どうでもいいことから順に頭がクリアになっていく。

「ほらぼさっとしてないで! これではどちらが秘書官か分かったものではありませんね」
「秘書官……あっ、すみません! 今度こそ目が覚めました!」

わたしはハザマさんの秘書官だ。ずっと一緒に暮らしている。別にそこまでする必要は無いのだけれど、そっちの方が都合が良いんだーとかもう一人のハザマさんが言っていた。名前が、確か、あー、記憶がこんがらがっている。わたしは普通の人だったんじゃないっけ。魔法も術式も無い、現実的な(術式が無い世界の方がよっぽど非現実的だけれど)世界で堕落しながら過ごしていたんじゃなかったか。そして確か、生きていることに絶望して、何か大切なものを一瞬で失った気がする。
何にも確証を得られないまんま、身の回りのお世話をしに立ち上がるとそれはもう済みました、と、悪態を付かれてしまった。
顔を洗って、ぼさぼさの髪を整えて、歯を磨いて着替えて化粧をして服を着替えて、ここまで僅か15分である。たったそれだけで完璧に身支度が出来る自分のインスタントっぷりには毎回笑いが出る。そうだ、毎回こんな感じで、ハザマさんの雑用をこなしていたんだった。わたしは何に引っかかっているのだろう。大体毎日こんな感じで来るべき日とやらに備えているのだ。

「忘れ物はありませんか」
「それはこっちの台詞です。ミョウジ、今回はくれぐれも失礼のないように」
「あー、先日、息子さんのお話を出しちゃったやつですか」
「レリウス大佐のご家庭は複雑ですからね。私共には聞こえませんが、隣の人形……がお怒りだったようですよ」
「人形とか言っちゃ駄目ですよー。お名前失念してしまっちゃったけど」
「よかった。いつものミョウジのようですね」

いつものわたしだ。ハザマさんにコートを着せて、荷物を持って、鍵を閉めて、なんでもない雑談をしながら目的地に向かう。これが物心ついたときからのわたしなのだ。わたしはどうやって生まれたんだったか。ハザマさんと同じで、レリウスさんから作られたんだろうか(そんな馬鹿な。でも親という概念がわたしには欠如している)。
今日のハザマさんはやけに機嫌がよかった。いつもの笑い顔に拍車が掛かっていることナンテわたしにしかわからないだろう。

「何かいいことでもあったんですか?」
「ええ。少し」
「教えてくださいよー」
「教える必要が御座いません」
「なーんだ、つまんないの。でも多分わかります」
「そうですか。おかえりなさい」
「ただいま戻りました」

ハザマさんが優しそうに微笑んで、頭をぽんぽん撫でる。普段だったらこんなことしないくせに。飲み込んだはずの何か大切なことを忘れているような気持がせり上がってきて、咽喉の奥につっかえている。それをわたしは咳払いと一緒に吐き出した。



20150704

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