短編 | ナノ

「耳、穴空いてんぞ」
「ピアスやめたんです」
「多分これ塞がんねぇだろうな」
「いいんです、あの人のことを思って空けた穴なんで」
「あっそ。気持ち悪」

一日と経っていないのにもう癒着を始めた耳朶を触る。ぼこぼこ。テルミさんの言うように、この穴は塞がらないだろう。
ハザマさんにフラれてすぐにピアスは捨ててしまった。ハザマさんがくれた純銀の、小さなピアスだった。着飾ることをしないわたしの初めてのお洒落だった。平凡なわたしの初めての恋だった。

「いつまでも引きずってねぇで、次行けよ次。テメェならいくらでも相手なんて見つかんだろ」
「見つからないし見つけるつもりもないし、そういう問題じゃないんです」
「あー女ってめんどくせー。どいつもこいつも失くしたもんばっか追っ掛けやがってよ」

酷くつまらなさそうにテルミさんは、デスクに足を投げ出している。昨日までならば今はわたしとハザマさんの時間だった。わたしにとっては神聖な場所を土足で踏み鳴らす彼は、ハザマさんと同じ顔で、同じ背丈で同じ声をしている。
だから少しでも早くいなくなって欲しかったのに、テルミさんは、わたしが失恋をしてから今の今までほとんど付きっ切りでわたしの相手をしている。罪悪感とか、憐れみとか、そういったものを彼が持っている筈は無く、あるならば嘲るだとか、興味本位だとか、そういった仕様もなく不愉快な感情だ。

「ほっといてください。一人にしてください」
「あのさー、俺が何でここにいるかわかる? 馬鹿なわかんねぇよなあ」
「わたしのこと嫌いで、面白がってるだけのくせに」
「あのなあ」

テルミさんがズイ、とわたしに近寄る。腰を屈めてわたしと同じ目線に立って、彼は不機嫌そうな顔で怒鳴るように続けた。

「嫌いな奴と一緒にいるアホがどこにいるか? あ? テメェ、分かってて言ってんだろ」
「はい……?」
「だからー……クソ女が、手間掛けさせんな」
「えっ?」

間髪容れずに身体がテルミさんに包まれる。そんなこと有り得ないのに、考えた筈も無いのに、同じ身体を受け入れ掛けている自分にまず驚いた。テルミさんはわたしを抱き締めて、頭を撫ぜて、体重を掛けて、それから耳元で囁くのだ。

「あんな奴やめて俺様と付き合えよ。ピアスでも何でも空けてやるからよ」
「それだけ聞いたら拷問されそうです」
「そんなつもりねぇっての。で? 返事は」
「……もう少しだけ時間を下さい」

あなたのことは嫌いでは無いけれど、あなたは、あの人に似過ぎているのです。記憶に新しい匂いや、華奢な身体つきや、しっとりと低い声は、遣る瀬無い昨日を思い出すには充分過ぎる。過不足無く失恋の哀しみに暮れる予定はすべて狂ってしまった。

「あークソめんどくせぇ。さっさと切り替えろや」
「すみま、せん」
「まあ待つのにはなれてからいいんだけど」

テルミさんの笑い顔はハザマさんとはまるで質が違った。わたしの心がこうも簡単に動き始めてしまうことを、誰ならば許してくれるだろうか。



140216

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