短編 | ナノ

この人だけは絶対に死なないだろうと思っていた人が死んだ。

比較的参加しやすい雰囲気にも関わらず、そこには大して人が並んでいない。いつか友達が、彼はいるはずの無い人なんだと話していたのを思い出した。なるほど、見知った顔が数件あるだけで雨音以外は物静かだ。
形式ばったことはわからないけれど、彼の葬儀は慎ましやかに行われて、悪態をつく人もいなければ涙を流す部下もいない。さして影響力の無かった人なのだろうか。こうやって誰からも忘れられて、彼のいた形跡なんてすべて消えてしまうことは時間の問題だ。わたしを除いては。

( 月日が逆転している )

「ねエ、死んだらどうする?」
「どうしましょうか。死なない身体なので何とも言えませんね」
「死なない?」
「生きているのかすら曖昧なものですよ。まああなたには理解出来ない世界でしょうけど」
「そのくせ心中に付き合ってくれるの?」
「この世界に飽き飽きしてしまいました、月並みですけどね。たまには風変わりなことをしてみたいだけです」
「変なの、もしわたしだけ生き残ったらどうしましょう」
「死に直せばいいんじゃありませんか。まあ、その時には私はこの世にいないので好きにして下さい」
「無責任」
「死ぬくせに」

( 戻る )

その日わたしは信頼していた恩師から金の無心をされた。貯金は幾ばくしかありませんと伝えると、恩師は口汚くわたしを罵って、それから誠心誠意謝って、踵を返したわたしの直後で身投げして死んでしまった。一瞬の出来事に気が動転していただけかもしれない。この話をいともつまらなさそうに聞いた彼に幻滅してしまったのは言うまでもない。
生きる意味だとか、希望だとか、人間関係その他がどうでもいいものに感じられて、突発的に入水を提案したのだ(彼は思いの外すんなりとそれに応じた)。冬の来ない海はいつも生暖かい。星明かりを反射する海面は、わたし達のような気怠い若者を誘っているように見えなくもなかった。

「本当にいいの?」
「死にそうになったら引き返しますよ。おっかないですからね」
「死ぬためなのに」
「こんなものごっこ遊びに相違ありません。本当はあなた、死ぬつもりも無いのでしょう? ガキの子守りに付き合うのも大人の役目ですよ」
「口が悪いなあ、怖くないんですか」
「怖いですよ。こんな経験は初めてですから、結果が見えないことに緊張しているところです」
「ハザマさんって、未来が見えてるようなことばっかり言ってたよね」
「見えてますからね」
「嘘ばっかり言うよね」
「すべて口からでまかせです」

さあ、と、ハザマさんが腕を引っ張る。着の身着のまま砂浜を歩いて、海水に浸かっていって、服が足にまとわりつく感覚が不愉快で仕方が無い。ハザマさんはといえば、ちょうど海水浴の延長上のように、寄せては引いていく波を楽しんでいた。彼はいつもひどく楽観的だ。

「ハザマさんは子供扱いするけれど、わたしは自分のこと大人だと思うし」
「はい?」
「ハザマさんのこと愛してます」
「そうですか。嬉しいですね」
「あ、照れた」
「照れませんよ! どうして私がナマエさんなんかに」
「最期にキスしません?」
「しません」
「あーあ、一生のお願いなのに」
「帰ったら一緒にシャワーを浴びましょうか」
「それ恥ずかしい」
「ですから、さっさと済ませましょう」

( 進む )

わたしの足がやっと着いて、彼は髪の毛一本濡れていないような深度で何が起こったのだろうか。ハザマさんはいなくなってしまった。夜の深い海に飲み込まれてしまった。死んでしまったことを知らせてくれたのは翌日の新聞記事だった。
とうに捜索されているのであろうが、絶命した彼を引きずってでも、わたしは約束を果たしたかった。きっと死に顔は生前よりも美しくて、けれど砂や貝殻だとかがまとわりついて気色悪いだろうから、一刻も早く洗い流してあげたかったのだ。

( そして文頭 )

正味な話、わたしに死ぬ気は無かった。ハザマさんもキットそうだ。だからと言って彼の葬儀は終わらない。棺に砂が被さって、ついには何も見えなくなった。わたしは事故や寿命や、他愛の無いことで死んでしまうだろうけれど、彼だけは何年経っても何十年経ってもあの成人時代のままの外見で、悠久的に生き続けるのだろうと考えていた。絶対に死なないだろうと思っていた人が死んだ。

( 最後の回想、晴れた日の自室にて )

「ナマエさんに出会えてよかった、とか言ったら気味悪がりますか?」
「いえ、嬉しい……ですけど」
「そうですか」
「それだけ? 恥ずかしいだけじゃん」
「恥ずかしいのはお互い様ですよ」
「どうして急に」
「ふと思ったので。あなたに会ってから、割と予想外のことばかりで面白いんですよ。最高のエンターテイナーだとさえ思います。ピエロ……とまではいきませんけど、路上の大道芸人程度には」
「ハザマさんってどうしてもらよくわからないこと言うからそういうとこ苦手だなあ」
「わからなくてもいいんです。あなたは生きているだけでいいんですから」

( 蛇足 )

キスの一つもさせてはくれなかった。ハザマさんが死んでしまって、死に直す気力も無いわたしは今日も食事をとらない。


20141207

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