短編 | ナノ

アヤツキさんは気難しい人だった。科学の力を盲信していて、わたしが運命を呟くと馬鹿げていると一蹴するのだ。
わたしには前世の記憶があるのだと思う。アヤツキなる人は身の回りにいないし、そもそも運命なんて単語は気恥ずかしくて口にしたこともない。飲めないくせにブラックコーヒーが無性に欲しくなることがある。行ったこともない平地を駆けている夢をよく見る。

「ハザマさんは前世とかって信じますか?」
「そんなものがあるとしたら、私はさぞ功徳を積んでいたことでしょうね。お陰様で美形ですし」
「美形かな」
「とても」
「ハザマさんってどんな子供だったんですか?」

記憶にありません、とハザマさんは面倒臭そうに言った。わたしが想像するに、彼は天邪鬼で手の掛かる少年だ。なまじ頭の回転が早いもんだから親からも扱いにくいと疎まれていたに違いない。
窓枠から晴れた日の空気を吸い込んで内臓を洗浄するわたしを、彼は危ないと引っ張った。セーターの背中がすっかり伸びているのはこの人のせいである。

「学生時代ならば、慎ましやかに過ごしていましたよ。引っ込み思案で目立つのが嫌でしたので。成績も中の下」
「想像つきません! 士官学校ですか?」
「まあそんなところです。前世でしたか、あなたは騒がしい子でしたよ」
「……。それで、前世のわたしとハザマさんってどんなだったんですか」

記憶あるじゃん。不満をあえて言う気にもなれず、ハザマさんの思いつきであろう前世に耳を傾ける。
彼が語るにわたしはハザマさんよりいくつか年下で、茶髪の女の子とよく遊んでいたそうだ。ハザマさんはその子のことが好きになれずいつも物陰からわたしを見ていたらしい。

「つまりわたしのことが好きだったってことですよね!」
「違いますよ。だって私が殺しましたから」
「物騒だなあ。ハザマさん適当なこと言ってません?」
「学生時代の私なら出来なかったでしょうね」
「なんかハザマさん、学生だった頃と前世の話とごっちゃにしてません?」
「過去という点では一緒ですよ」

しかし前世からハザマさんと接点があったなんてそれは奇遇以外のなにものでもない。それが現世になって再会を果たし、こうして二人でくんずほぐれつやっているのだ。そこまで考えてぞっとした。もし彼の話を信じるならばわたしはハザマさんの持っている手のひらサイズの刃物で滅多刺しにされていたことになる。

「前世とか魔法とかそういうのを信じちゃうのやめます」
「もっと非現実的なものが世の中には漂っているのにですか?」
「それは現実にあったことだから」
「見たんですか?」
「見てませんけど」
「見てましたよ」
「ハザマさんってわたしのことからかうのが趣味でしょ?」

そんなことありませんよ、とハザマさんはわたしの顔も見ないで刃物を研ぎ始めた。切れ味の良さそうな銀色がキラリと反射して、それに既視感を覚えてゾッとする。わたしにはやっぱり前世の記憶があるのではないだろうか。

「そうだ、ハザマさん。先日技術大使と談合してあるところを聞いてしまったんです」
「おや、また同じことをしなければならないんですね。遅かれ早かれ残念です」

ハザマさんの腕から伸びる黒緑の鎖をわたしは知っていた。これで何度目だろう。見えた走馬灯はやはり知るはずのない景色に彩られていた。


140426

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