短編 | ナノ

愛とはどういうものなのを私は理解出来ていないのです。


秋空の愛憎劇(女の復讐)


噂をすれば影とはよく言ったもので、大佐との食事会の帰路に彼女は現れました。私は彼女のことが苦手でした。容量が悪いのに一丁前に秘書を勤め上げて、その上毎晩手料理を用意して(これが美味しいとも不味いとも言えない!)疲れさえ見せないのです。彼女に対してそれを要求したことも無ければ、感謝の言葉を告げることもありません。別に借りを作った覚えも無いのに、彼女はいつも私に母性に似たものを見せるのです。

それを愛だと彼女は語りました。ただ私には彼女の言う意味が少しも理解出来ないのです。

「お疲れ様です、今日はレリウス大佐と……大切な話でしたっけ」
「食事は要りませんから」
「あーあ、もう作っちゃってるのに」
「頼んでも無いことをするからこうなるんですよ」
「まあ、朝食にでもしてください。お弁当でもいいんですけど」
「それも愛ですか」
「まあ、そんなところです」

一般に言う恋人だとか、夫婦だとか、そういった男女の繋がりに私はどうやら疎いようで、これはライチ=フェイ=リンに対しても言えることでした。女はどうしてこうまでして、見返りの無い行動を盲目的に男に向けられるのでしょうか。知ったところで私には必要無いものなのですが、永く生きているのにこんなことすら分からない自分に腹が立たないこともありませんでした。
私には母がいません。父もいなければ過去もありません。空っぽの器に何かが注がれていくような感覚が気色悪くて、彼女のことを苦手だと思うようになるのは必然的なことでした。

「愛だ愛だと言いますけど、意味が分からないんですよ」
「そうですね、たとえば、わたしは蜘蛛が嫌いで怖くて仕方が無いんです。触れるどころか見るのもゾッとするぐらい。でももしハザマさんが毒蜘蛛に咬まれていたら平気で払いのけられます。そんな感じ」
「はあ」
「わたしかハザマさんどちらかしか生きられないんなら迷わずハザマさんの命を取るようなそんな」
「自分の身は大切にしてください」
「例え話ですよ」
「あ、流れ星」
「ハザマさんがずっと幸せでいられますよーに」

時折見せる子供っぽい一面もまた気分が悪くなる原因でした。これではまるで、自分が悪いことをしているようだ。
すでに燃え尽きた流星に、彼女はあれやこれやと願い事をしていました。ハザマさんが健康でいられますように、ハザマさんがお金持ちになれますように、ハザマさんが昇進できますように。

「ひとつぐらい自分の願い事でも話したらどうですか」
「わたしは別になんにも。ハザマさんは?」

電灯に照らされて、彼女の笑顔がキラリと眩しく映りました。自分の中で何かが雪解けるような気がして、振り返るとなんとも心が苦しくなっていきました。

「ナマエさんとずっと一緒にいられますように」

ナマエさんは泣きながら笑うのでした。



それから三ヶ月ぐらいが経って、ナマエさんは前よりも綺麗になりました。純白のドレスに薬指の宝石が輝いています。それを私は、行儀良く着席して眺めているばかりです。
男がナマエさんのベールを取って口付けた途端、辺りは暖かい拍手に包まれました。その中で私だけが、ただぼんやりと光景を傍観している。愛だとかいう感情を理解するにはお誂え向けでした。



20140830

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