短編 | ナノ

気持ち悪いぐらい晴れた空の下でテルミさんは無防備な格好で寝転がっていた。いつも鋭くて冷たい瞳は穏やかに閉じられていて、やわらかい風にフードがそよいでいる。彼を起こさないようにと隣に腰を掛けて、わたしは途方に暮れていた。ここはどこなんだろう。地平線の見える一面の草原にはわたしとテルミさんの他誰もいない。

「テルミさーん、テルミさん」
「あ?」
「起きてたんですね」
「やっと来たのか」
「やっと?」
「何でもねぇ」
「ここどこですか?」
「教えてやんねー」

目を閉じたままテルミさんはそれきり黙ってしまった。ここはどこなんだろう。最後の記憶は確か、ベッドに潜って、一人きりで、テルミさんの帰りを待っていた。それからきっと眠ってしまったのだけれどよく思い出せない。
折角テルミさんに会えたけれど待っていた時と同じ不安感が拭えないままでいる。ここはどこなんだろう。わたし達は何をしたらいいのだろうか。

「テルミさん、テルミさん」
「んだよ、人が寝てるってんのに」
「しりとりでもしませんか」
「空き缶。はい終わり」
「テルミさん」
「あーうるせー」

起き上がったテルミさんは笑いも怒りもしない不思議な表情で、ただ何事も無いようにわたしを見ていた。いつもならすぐに不機嫌になるのに、不思議なこともあるんだなあとぼんやり眺めていると、頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
傍目から見たら今のわたしたちは本当にうまくいっているな、と考えたら急に悲しくなった。何故だかわからないけれど涙が出てくる。たとえば後悔のような気持ちでイッパイになっている自分があまりに受け入れられなくて笑うと、テルミさんは困ったように笑った。

「どうしたんだよ」
「わかりません、けど、もっと早くにテルミさんに会えたらって考えてます」
「もっと早くに、ねぇ」
「テルミさん、ここって」
「俺としてはいい時期だったと思うけどな。女ってのはいつも何かに後悔しててわかんねーわ」
「テルミさん」
「まあ何つーか、次への参考にはなったわ」
「テルミさん!」

彼はわたしに次の言葉をどうしても言わせたく無いように見えた。それがいじらしくて苛立つわたしのことすら把握して、あえて確信を見せないような、自意識過剰かもしれないけれど今の彼の考えていることは手に取るようにわかる。
生々しい風が吹き抜けてテルミさんのフードを揺らす。ここには温度が無い。

「テメェはいつも考え過ぎなんだよ。俺様はそこまで非情じゃねーっつーの」
「でもいつもわたしのことを待たせて」
「だから今回は待ってたじゃねぇか」
「冷たい態度ばっかりで」
「照れ隠しだよ。言わせんな」
「危ないことばっかりしてるのに何も言わないし」
「心配させたくねぇ男心ぐらい察せっての」
「わたしのこと嫌いなのかもしれないって思ってたんですよ」
「嫌いな奴の相手する程暇じゃねぇわ」
「テルミさん、わたし」
「そうだな」
「そうなんですね」

足は透けるわけでは無いんだ。しっかり二本足で立ち上がって、わたし達は身長差を噛み締めている。頭一つ分以上ちがうちぐはぐなそれが、わたしと彼との距離のようにズット感じていた。けれどズット前から、テルミさんはこれだけ近くにいたんだ。
抱き寄せられた腕すら温度を感じなかった。そう思いたかった。わたし達は氷が温く感じるぐらい冷たい。

「わたし達、死んだんですよね」
「それは違ェな。境界に落ちた俺を追い掛けてテメェが勝手に死んだだけだ」
「じゃあわたし、無駄死に?」
「どの道もう会えねえよ」
「ここはどこですか?」
「もうすぐ意識も無くなるだろ」
「わたしは死んだんですね」
「次は幸せにしてやるから心配すんな」
「何回目ですか?」
「数えんのも諦めたわ」

全部思い出して心はスッキリする筈なのに、涙が止まらなかった。わたしの一番新しい記憶は、獣兵衛さんからテルミさんとハクメンさんの死を聞いて彼が去った後に喉元に刃物を突き立てたところにある。
テルミさんはこんなことを何回も何回も繰り返しているんだということが、映画のようにどっと頭の中に流れ込んできた。わたしはここを知っていた。このやり取りを何十回何百回とし続けては泣いている自分の姿が幾重にも重なる。

「いつもごめんなさい」
「何に謝ってんだよ」
「じゃあ、ありがとうございます」
「あ?」
「待っててくれて。次はしあわせになれるかなあ」
「この俺様を信用できねぇのか?」
「信じてます、だって」

愛してます、ときちんと伝えられただろうか。急に視界が狭くなって、最後に見えたのはテルミさんの泣き顔か笑顔か。できれば後者であってほしい。わたしだけ記憶が引き継げない理由がわかった気がした。
空は雲一つ無い晴天だった。




20140830

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