短編 | ナノ

 明日世界が終わるとして、自分はまた同じようにナマエを愛せるだろうか。随分変わってしまったかもしれない。女の髪を柔らかく撫でる自分なんて知らずにいたかった。

「月が綺麗ですね」
「あ? 見えねーけど」
「テルミさんって本当なんにも知りませんね」
「はいはい、どうせ学の無い馬鹿野郎だよ」

 抱き締めた身体は細くて、少しでも力を籠めたら簡単に砕けてしまいそうだった。暗い部屋に、カーテンから漏れた灯りだけを頼ってナマエの顔を凝視する。数十年経って世の中は夜でも暗闇に飲まれることはなくなった。
 ツインベッドの真ん中で上体だけを起こして、向かい合っていくら見下ろしてもぼんやりと形しか浮かび上がってこない。照明を点けるにはここは居心地が良過ぎる。

「髪、寝せた方がかっこいいですよ。それかフードかぶってるほう」
「そんなにハザマのことが好きなのかよ」
「うーん、見た目も全部」

 笑い声を押し殺して身体が震えている。いくらハザマだからといって、他の男の話をする様子が許せなかった。咬みつくようにキスをしても、人の気なんて知らずにナマエはケタケタ笑っている。

「テルミさんってわたしがいなかったら何もできないでしょ」
「逆だっつーの」
「恥ずかしいこと恥ずかしがらずに言えるようになったね」
「うるせー」

 大概の事象では内戦に巻き込まれて死んで、影を追うようになった時もどこかで勝手にのたれ死んでいる。ハザマを通してやっと手に入れたと思えばこの様だ。たっぷり嫌味を言えるようになったのは誰のせいでもなく彼女の本性だ。

「なんでこんな世の中になっちゃったんでしょうね。魔素なんて無かったらハザマくんといくらでも会えるのに」
「またハザマの話かよ。こういう世界にしてマジでよかったわ」
「テルミさんがしたの?」
「まさか」
「ねえ、テルミさん。ハザマくんっていつ帰って来るの?」
「来週? わかんね」
「弟のことぐらい把握しててくださいよ」

 レリウスも腹を抱えて笑うような話を彼女は信じていた。俺がハザマの兄だなんて(穴兄弟という点では合っているとも思ったが、その理屈でいけば俺はむしろ弟だった。胸糞悪い)すぐにバレる筈の嘘を片手に彼女は悪魔的な態度を取る。どう考えてもこの性質の悪い女を次の世界でも愛せる自信が無い。

「俺とハザマどっちかが死ぬとしたらどうする?」
「テルミさんを殺します」
「じゃあ俺が死んだらハザマが死ぬとしたら?」
「テルミさんのことを殺さなかったらいつも通りでいられるじゃないですか。現状維持」
「どうやってもハザマが好きかよ」
「そりゃあ、ハザマくんの方が優しいし」
「あいつ嫌味しか言わねーじゃん」
「愛ですよ」
「いいや絶対違う」

 暗闇に慣れるにはここが限界だろうか。ハザマのことを話す顔と、俺の相手をする顔が明らかに異なることは、薄ら表情しか見えない状況でも痛いほどわかる。ハザマに見せる安心しきった上目使いと、俺への舐め切った口角は似ても似つかないのだ。

「ねえ、ハザマくんになりたかった?」
「は?」
「だってそうしたらわたしはテルミさんの物でしょ」
「お前のこと嫌いだわ。死ね」
「殺せないくせに」
「殺さなくてもお前は勝手にどっかで死んでんだよ」
「テルミさんってなんにも知らない。わたしが本当にハザマくんのことが好きだと思いますか?」
「好きなんだろ? 自分でずっと言ってんじゃねーかよ」
「テルミさんって童貞だったでしょ」
「人のことからかうのも大概にしろよ」
「テルミさんがわたしのことからかってるものだと思ってました」

 会話にならないいつものおどけた声色が遠退いた。横になったナマエの目がわずかにしかない光に反射する。
 そうやって仰向けになって見つめられるとこうする他無くなるのだ。両腕を捕えて口付けようとするとナマエは首を横に振った。

「わたし、死んでもいいわ」
「じゃあ殺してやるよ」
「本当になんにも知らないんですね」
「馬鹿にも分かるように言ってください、とか頭下げなきゃなんねーわけ?」
「愛してます」
「あっそ」

 明日世界が終わるなんて以前に、終わらせたくないと気が変わってしまう。自分が追い求めていたのはこんなにも簡単に解かれるような単純なものではないのを、頭では理解しているがどうしようも出来なかった。
 初めてしたときと同じように、彼女は俺の首に腕を回して辛そうに身体を持ち上げて額にキスを落とした。自分は変わってしまったのかもしれない。


5:13 2014/04/03

back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -