短編 | ナノ

やっと取れた休日は彼を前に見るも無残に砕け散った。今日は博物館で陶磁器を見て、カフェでココアを飲んで、有意義に過ごそうと思っていたのに。

「ナマエさん、休みだったなんて聞いてませんが」
「なんでハザマさんに言わなきゃいけないんですか」
「仮にも私はあなたの上官ですよ。家に上げてください」
「上官なら休暇ぐらい満喫させてください」

ドアの隙間を足で開き、ずかずかと上がり込んでハザマさんはあっという間に寛いでしまった。予定が消えてしまう。

「お茶」
「コートにシワが寄りますよ」
「どうせ帰ったら捨てますので。お茶をください」
「冷たいのですか?」
「今日はやけに暑かったんですよ。早くお茶をお願いします」
「すぐに用意しますから」

消えた予定を嘆きながら冷蔵庫
開ける。ピッチャーを持ち上げると思っていたより軽くて、勢い付いた右手が淵に当たってしまった。
痛みを我慢する声に被せるように、真上からハザマさんの声が降りかかる。

「無いんですか。作ってください」
「時間かかりますよ」
「のんびり待ちますよ。時間ならありますので」
「喉乾いてるんじゃなかったんですか?」
「ああ、口実ですよ、口実」
「うわっ」

後ろから長身の体重がのし掛かる。何度されても慣れないのだ。逃れようにもすっぽり包まれたわたしは、腕を噛んでみたけれどハザマさんはピクリともしなかった。

「いい匂いがします」
「しませんよ」
「ナマエの匂いは好きなんです」

ずっとこうしていたい、吐息と共に耳にかかった声に身体が震えた。
この人はいつもこうなのだ。言ってくれれば時間なんていくらでも作るのに、ゲリラ的に現れてはすべてをめちゃくちゃにする。それに付き合うわたしもわたしだけれど、上官だからと最もらしい理由で自分に言い訳をしている。

「彼女が怒りますよ」
「仕事と言ってありますので」
「好きなんでしょ? あの、魔操船? の」
「ああ、その人となら先日お別れしました。今は料理屋の娘さんですよ」

わたしってなんなんですか、と生真面目に聞いたことがある。事後の彼は至極怠そうに、しかし真剣に目を開いて同じ言葉を繰り返すのだ。わたしは無意味である。そして背徳的で、ゴミのような性格だ。

「ナマエさんのことが好きなんです」
「でも一番じゃないんでしょ」
「心外ですね。一番ですよ。一人しか好きな女性はいませんからまあ当然ですけどね」

それならわたしを恋人にしてください、なんて負けた気がして口から出てこない。こんなもの意味が無いのだ。
自分には無臭にしか感じられない肌の匂いを一吸したら目頭が熱くなっていくのを感じた。ハザマさんはわたしが自分のことを好きだなんてこれっぽっちも信じてくれない。きっと片想いの自分に酔っているだけなのだ。


20140330

back
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -