短編 | ナノ

「どうにでもして」いとも容易く話してしまう彼女のことをいっそ殺してしまいたかった。天国はどんなところなのだろう(きっとそこでは老若男女が絶えず笑顔でいる。それでは地獄だ)。

***


 ミョウジさんは背の低い女性らしい女性で、声なんてそれはそれは高い。白い肌で、いつも私の目を眩ませるのです。
 私は何とかして彼女を手に入れようと躍起になっていました。そんなに魅力的とは言えない、これならライチ=フェイ=リンの方がずっと官能的な身体つきをしていますが、私の目玉はいつも彼女を捜してあちらこちらへとぎょろぎょろ動きます。

「だーれだ」
「ぎゃ」
「ハザマくん目が見えてたんだね。わたしぱっちりした人が好きなんだ」

 私は毎日目を見開くようになりました。逆さ睫毛が眼球に刺さって痛むのを我慢して、それから隊の士気が高まったように感じました。高まるというよりは、張り詰めると形容した方が正しいかもしれない。マコト=ナナヤ少尉ですら直立不動の敬礼で私を迎えるようになりました。鏡を見ると、なるほど、柄の悪い男が薄ら笑いしていて身の毛がよだったのは言うまでもありません。彼女は一度も私と口を聞こうとしませんでした。

「怖い顔やめたんだ。機嫌悪いのかと思ってたよ。生理?」
「そんなところです」
「ハザマくんって女の子だったんだ。今まで重い物持たせてごめんね。ハザマ……ちゃん?」
「男ですからご安心ください。あなたの荷物なら綿毛でもなんでもお持ちしますので」
「いやだなあ、タンポポなんてこの辺には生えてないよ。そうだ、わたし柊の葉っぱが好きなの」

 窯を壊してここら辺一体を冬にしました。急に来た極寒に、病院はたいそう繁盛したと聞きます。彼女も気温差に倒れた一人だったようで、一週間も休養を取ると連絡が来ました。私は即座に窯を治しました。

「寒かったね。折角マフラーと手袋買ったのに使わないまんま春になっちゃったよ。ハザマくんは夏って好き? わたし、泳いでみたいんだ」
「海ですか」
「そう。水着を着て、サンオイルを塗って、昔の人はそうやって暑い季節を楽しんだんだって。いいなあ、わたしも海水浴してみたい」

 職場旅行を企画しました。彼女の不参加の通知を受けて中止しました。

「猫ってかわいいよね。ハザマくんは犬派? 犬派の人とは一生分かり合えない気がするな」
「犬も猫も好きではない人はどうですか?」
「人でなしだと思うよ。動物が好きな人に悪い人はいないから、動物が嫌いな人はみんな極悪人に違いないから」

 猫を部屋に五匹置きました。くしゃみが止まらなくなるのを必死に必死に耐えていましたが、彼女はそのうちの特に痩せた三匹を連れて帰ったっきりだったので元いたところに放しました。
 私は彼女に振り回されているのです。そしてそれを由としている。彼女の笑顔は誰にでも振りまかれるものでしたが、私はその一つ一つを丁寧に記憶して、たまに思い出してはあたたかな気持ちになりました。今の自分はとうとう壊れてしまったのだと感じました。

「ハザマくんは甘いものが嫌い?」
「好きですよ」
「わたしは嫌い」
「やっぱり嫌いです」
「これって黒だよね」

 曇り空を指差して彼女は笑いました。彼女が黒と言えば白も黒でした。私の髪の毛は赤色です。彼女が言うのできっとそうなのです。


***


「なにもしないんだね」
「する気も失せますよ。あなた、ベージュの下着なんてつけていますから」
「絶対防御っていうの。服を脱がせたとたん萎んでいく股間を見るのは愉快なものだよ」
「くだらない遊びに付き合わされていたんですね。眩暈がします」
「策略にハマっただけだよ。ハザマくんが浅墓だから」

 その日私は吐きました。ずるりと消化されなかった卵がそのままの形で出てきて、産み落としてしまったと狼狽する程私は精神を蝕まれていたのです。

「私はミョウジさんが好きです」
「そんなことないよ。ハザマくんはわたしのことが嫌い」
「だったら嫌いかもしれません」
「あはは、ハザマくんで遊ぶの飽きたから、明日からは上官と部下に戻りましょう」
「それも悪くないかもしれません」

 余命数分の恋人ごっこが終わりました。明日からまた長い一生が始まる。今なら死んでしまえそうでした。彼女はひらひら手を振って、用意された絞首台を蹴りました。


6:53 2014/02/24

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