短編 | ナノ

現代パロディーー



 同級生が結婚するらしい。
 嫌なニュースを聞いてしまった。幸せそうなその子は薬指を自慢する投稿を絶えずタイムラインに放流している。しばらくはスマホなんて開かないで殻に閉じこもって生きよう。とはいえ人とは対面するものだから、友人は口を揃えて嫌な質問を飛ばして来た。あなたのところもそろそろじゃない? そろそろだったらわたしも仕事を辞めている。

「尾形くん爪切り取って」
「自分で取れ」
「ご飯作って欲しいなー」
「食いに行くぞ」

 今二人で外に出るなんて絶対に御免だ。狭い街だから噂ナンテあっという間に広がってしまう。今日の今日に出てきたニュースなので尾形くんも知らないわけじゃないだろうに(彼が知らないのは女心だ)。
 ただ、どう拒絶しても腹の虫には敵わず結局いつも行っているお店に歩く事になった。小さい頃からお世話になっている定食屋のオバチャンがあらあらと近付いて来る。尾形くんよ、頼むから今こそ凄んでくれ。

「二人は昔っから仲が良いね」
「んなこと無えよ」
「そろそろ考えなさいよ。百之助ちゃんも男なんだから」
「はいはい。日替わり二つ、俺のは大盛りな」

 オバチャンをあしらうついでに尾形くんはわたしの分まで勝手に注文を決めてしまった。今日は塩サバじゃなくて豚カツの気分だったんだけど、わたしの気持ちはやはり彼には伝わらないらしい。
 不機嫌そうに定食を待つ姿はヤッパリいつもと変わらなくて、ソレが妙に安心する反面、少しは世間の声に意識を向けろと苛立ってしまう。

「……ねエ、あの子の話聞いた?」
「結婚か」
「先輩はこの前式挙げてたしもう子供いる家もあるし」
「職場の奴らはほとんど独身だろ。よその事は気にすんな」
「確証があるんなら全然焦らないんだけど」

 尾形くんの背中を叩くと、いつもは仕返しに耳とか引っ張ってくるクセに今日に限って何も無かった。申し訳無いとでも思ってンのか。
 険悪になりそうな空気を破るみたいに、オバチャンが食事を置いた。いただきます、手を合わせて彼は、中学の頃と同じ勢いでご飯をかき込んでいる。つまりわたし達の関係性はもう十年近く進退が無いわけだ。

「冷めんだろ。食わねえならよこせよ」
「うるさい」

 器用な箸使いで尾形くんがサバの身をほぐしていく。昔っからここのご飯って美味しいんだよな、わたしも結婚とか、せっつくなら料理をもっと勉強した方が良いかもしれない。
 彼は当然のように二人分の会計を済ませてくれた。オバチャンにとってはわたし達はいつまでも中学生カップルに見えているようで、飴玉を握らせてくれた。



「わたしも指輪欲しい」
「ちょっと待ってろ」
「ちょっとってどれぐらいなの」
「あと十秒」

 肌寒い帰路を歩きながら、今日最後の愚痴を溢すわたしを尾形くんが呼び止める。
 道ばたにしゃがみ込んだかと思うと彼は、すぐに立ち上がってわたしの左手を引っ張った。

「何これ」

 ムードも何も無い畦道の街灯の下で、尾形くんは両手を使ってわたしの薬指に草を巻き付ける。

「明日から俺の嫁にしてやる」
「……よその事気にすんなって言ったくせに」
「喜べよ。その内本物作ってやるから」
「尾形くんのくせに」
「お前も尾形になるんだからこれからは名前で呼べよ」

 雑草でできた指輪は手を繋いだらすぐに解けてしまった。これじゃア離婚だな。
 足取りがほんの少しだけ軽い。とりあえず、帰ったらこの雑な指輪を押し花にでもしてやろうと思った。

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