年相応な海馬の話
頼人くんは今日も忙しそうにしている。
そんなに生き急がなくたって人生は始まったばかりで、遊べば良いのに遊ばない、休めば善いのに休まない彼はわたしの膝の上でタブレットをいじっていた。
「頼人くーん、そろそろ膝痛いんだけどー……」
「俺だ。例の案件だが進捗はどうなっている」
「( いきなり電話し始めるのやめてくれないかなア )」
片耳のイヤホンで彼が難しいお話までし始めた。今、結構アホっぽい状況だ。
唯一自由になっている彼の右手がわたしの頭を撫でている。視線は画面から離れなくて、どう考えたって座った方が効率が良いだろうに頼人くんは頑なに退いてはくれなかった。
「……おい」
「電話終わったの?」
「不公平だ」
頼人くんはいつも、自分が終わったと思えば終わりだと言わんばかりに会話をぶつ切りにするので電話が終わった調子などわからない。恨めしそうに大きな青い目がわたしを睨んでいる。
元々人相が良い方では無いので背筋が伸びた。何かマズいことをしただろうか。
「……普通の高校生じゃないことが?」
「違う」
「じゃあどうしたの」
視線がいぶかしげに宙を舞う。
身体が自信で出来ているような彼がこう言う目をする時は、本人は死んでも認めないんだろうけれど年相応なことを考えている合図だ( 目だけにアイズって、わたしもしかしたら落語家になれるかもしれない )。ただ今に関しては何に不平不満を感じているかわかったものではない。
答えの無い謎掛けに悩むわたしに痺れを切らして、頼人くんが咳払いをする。それからわざとらしく余裕っぽい顔を創って深呼吸した。
「……俺ばかり頭を撫でて、貴様にされたことがない」
「アハハ、そんなこと」
「そんなこととは何だ」
ムッとした表情が若々しくて笑ってしまった。若いも何も同い年なのだけど、いつも大人以上に大人びている彼を思うとこうした少しのことが面白オカシクなっていく。
頼人くんに髪を撫でられたまんま、わたしは彼を見下ろしている。古今東西かの海馬社長を合法的に見下ろせるヤツなんてわたししかいないかもしれない。
「それ言うんならいっつもわたしが膝枕してるし遊びに来てるよ」
「たまには貴様の家に行ってやる」
「頼人サマが突然一般家庭に来たら家族全員ショック死しちゃうからやめて」
「ならば一族郎党ここに越して来い」
「頼人くんだったら本当に手配しちゃいそうで怖いなア」
破天荒な彼のことだから、明日には引越し業者がわたしの家の荷物を勝手に搬出していそうで考えるとまたオカシクなってきた。彼がわたしのことをどう思っているかナンテ知らないけれど、この人といたら少しも退屈しない。
「貴様だけでも構わんが」
「家族になんて説明するの」
「海馬姓になるとでも言え」
「……わたしばっかり不公平じゃない?」
「社名を変えるわけにはいかんだろう」
そうじゃなくて、言葉に詰まるわたしを差し置いて頼人くんが今後の展望を、まるで演説みたいに進めていく。高校卒業を待って、何なら10月25日以降に籍を入れる。新しいプロジェクトがあるから暫くは時間を取れないが落ち着いた頃に親族だけで式を挙げて、子供は二十半ばで二人、女と男が良い。俺は家事仕事をする暇が無いので家のことは任せた。極力家族の時間を取るために少しずつモクバに仕事を引き継いでいく。
どれもわたしの膝の上で繰り広げられているから分からない。顔がどんどん熱くなっていく。
「やっぱり、わたしばっかり不公平だよ」
「不満があるのなら遠慮無く言え」
「わたしばっかりドキドキするのが嫌!」
「俺も十分緊張しているが」
「うっそだー」
「確かめてみるか?」
そう言った頼人くんはタブレットを床に放って、わたしの腕を自分の胸に充てがった。本当だ、頼人くんの心臓が嘘みたいな速度で脈打っている。
「……返答は」
「えっと、あの……大学には行きたいです」
「この俺に対して四年も待たせる気か」
「ダメ?」
「結婚したとて大学には通えるだろう」
頼人くんが大きな目を細めて笑う。はい、以外の返答を想定していない自信家の彼が起き上がった。よろしくお願いします、小さく呟くと彼は満足そうに笑ってまた仕事の電話に戻るのだ。
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