( マゾヒズム )
ここだけの話、ハザマさんは頭のネジが取れかかっている。そんなのはこの機関ならよくあることなので考えもしなかったが、身の回りには何かオカシイ人が溢れかえっていた。
「帰宅するのは面倒ですね。ホテルにでも行きませんか」
「もう一軒寄ったら考えます」
「私の貯金も無尽蔵では無いんですが」
「じゃあ帰ります」
「行きましょう」
ハザマさんはしつこい人だ。加えてねちっこい。両方同じ意味なのかもしれないが、彼の性質を表すにはそれだけでも足りない。腕を引っ張られた先にはネオン街が広がっていた。家なんてここから五分も無いのに、ハザマさんは自室にだけは決してわたしを招かなかった。
「何もしませんから」
「嘘だ。レイプ魔」
「それはあなたが恋人だからですよ」
「デートディーブイですよ。宗教徒だったのに」
「まだそんな創作上の神を信じているんですか」
「レイプ魔人」
「入った時点で和姦です」
ここだけの話、ハザマさんは魔法使いだ。何も無いところから鎖を出してわたしを縛り付ける。ソファに座ったまま動けなくなってしまった。せめて麻縄だったらいいのに。じゃらじゃら、鉄が肌に食い込むのは痛くて仕方が無い。擦り切れて僅かに滲んだ血を彼は舐め取った。抉られるという方が適切かもしれない。
「もう一軒って言いましたよね」
「そんなに飲みたいならいくらでも飲ませてあげますよ。カルピスはお嫌いですか」
「苦くて生臭い」
「先日は甘いとか言ってましたよね」
「糖分控えた方が長生きできますよ」
「私は不老不死ですから」
生まれたときから大人だったのだと彼は言った。意味がわからないままわたしの口には彼の陰茎が突っ込まれる。噎せ返る姿は興奮を誘うらしい。がんがんと音がしそうな勢いで、彼はわたしの口に腰を打ち付けた。歯を立てたら首を思い切り噛まれた記憶が蘇って、必死に口を開ける。のどの奥にずるずる異物が入っていく感覚がきもち悪かった。何度もされるうちに、わたしはディープスロートまで仕込まれていたのである。
「あ、やばい」
「へ?」
「出ます、すみませ……ん!」
「ぅ、うぇぇ」
口の中でびゅくびゅく波打って精液が発散された。喉に直接注ぎ込まれたそれは飲み込まないと息ができない。暫くしてようやく解放されて、逆流する生臭さに涙がこぼれた。ここだけの話ハザマさんは絶倫だ。思春期の男児のように、もう少ししたらまた勃起するのだ。
「今日は早いみたいで、本当に申し訳ありません」
「もっと早い方がありがたいです。げぇぇ」
「水飲みますか? 口移しですけど」
「自分のを突っ込んだ口にキスできるなんてどうかしてる」
「あんまり気にしないので」
「口移しとかありえない」
「そうですか。残念です」
座ったまま長い腕を行使してペットボトルを手にとって、何をするかと思えば頭からかけられてしまった。冷たい水が何の遠慮もなくゆっくりゆっくり注がれて、不覚にも鼻に入ってしまった分を咳き込んで必死に吐き出す。文句を言っても終わらず、顔を打ち見ると彼は無表情だった。寒気がする。
「なんで、水」
「断られて腹が立ったので。床に零れた分、這いつくばって舐め取っていただけませんか」
「絶対に嫌」
「あなた風情に断られると腹が立つんですよ」
無表情のまま、彼はわたしを蹴飛ばした。テーブルの角に頭をぶつけて一瞬だけ意識が飛ぶ。頭は土足のまま踏みつけられていた。じりじりこめかみを踏み躙られて、痛くて叫ぶ姿を嘲るようにそれが続く。
「できますよね。ナマエさん」
「は、い……」
「素直な子が好きなんですよ。短気なのであまりイライラさせないでください」
言われるがまま床を舐めるわたしを、ハザマさんはさぞ楽しそうに見物していた。ほら、ここも。とか言って水溜りを指されて、芋虫のように移動しては水を啜る。何が悲しくてこんなことをしているんだろう。
「ナマエさん、首を絞めたら締りがよくなるってご存知でしたか」
「知ってます、ハザマさんが、よくやるから」
「そうでしたっけ。今日はあなたが死んでも構わないと思っているので、いつもより具合がいいとおもいますよ」
「殺すんですか」
「気分次第では」
わたしの命は最早彼の手の内にあった。なにも抵抗できないわたしの髪を引きずって、ベッドに放り投げる。何本も抜けたかもしれない。ここにきて一度もいい思いをしていなかった。
ハザマさんは鎖を取って(というか消滅した。彼は魔法使いだ)わたしの下着だけを剥ぎ取る。一度、もういっそ殺してしまおうかと抵抗したことがあるが、その時は二週間程人に会えなくなる程まで殴られた。身体はピクリとも動かなかった。
「ハザマさん、わたしのことが嫌いならはやくころしてください」
「嫌いだなんて心外です! 私はあなたを愛しているんですよ。こんなに可愛らしくて、愚直で、相性のいい女性をみすみす手放すわけがありません」
「わたしはもう野菜を食べられなくなりました」
「ならば点滴でも打って生きてください」
緑色が怖い。それでも彼から離れられないのは何故なのだろうか。前戯も無しに挿入されて、それでも血は滲まなかった。ぐちょぐちょと粘っこい水の音が響く。そうだ、わたしは。彼がわたしにキスをした。舌を思い切り噛まれて、口の中で精液と血が混ざる。
20140223