短編 | ナノ

※6章前に書いたお話です
※グロテスクな(悪趣味な)表現がありますので閲覧にはご注意ください





 自分の歪みに気付いたのは十三の頃だった。
 家柄の所為で、死が身近にあった。実家は世界地図からも忘れ去られた島にある。魔術なんて不確定なものを頼る人間は考え方まで浅墓で、死期を悟ると僕らを頼るのだ。あの島ではよく人が死んだ。
 連中は病気や老衰だけで無く、致命的な重傷を負った身体で訪れることもあった。ソレが仕事だから死霊ならば導くけれど、介錯してやる道理は無い。腹からはみ出した内臓を引き摺っている奴とか、腕が千切れたり頭の半分吹っ飛んでる奴とか、両眼が潰れて皮膚が焼け爛れて呻いてる奴とか、死に損ないを父さんも母さんも冷たく見下ろしていた。あと何分で死んでくれるだろうか、そろそろ夕飯にしたいのに、日常会話に昂じる僕らを死に損ない達は憤怒や恐怖、ついでに絶望に満ちた目で睨む。声帯が無事な奴は僕らに罵声の声を投げ付けることもあった。そのくせ死が近付くにつれ、どうか天国に御導き下さいと床に頭を擦り付けるのだ。必死な姿を前に僕らは見たいテレビ番組とか翌日の天気だとかを気にしていた。

「こ、この人全然死なないんだけど……ねえ、僕オルトと遊びたいから、早く死んでよ。オルトが……弟が待ってるんだ。まだ小さいからあんまり一人にしたら可哀想で……、ねえ!」

 ところで僕は女性と縁が無かった。生きている人間と殆ど会ったことが無いと言った方が正確かもしれない。僕の会話相手はもっぱら家族だけで、たまに雑踏に行くと「シュラウド家の人間だ」「目を合わせるな」と遠巻きにされるのだ。同年代の子供の過ごし方はアニメや漫画、テレビから学んだ。平面に映る奴らは家族でも無い人間と平気で会話をしている。僕には絶対に訪れない青春が妬ましかった。でもやっぱりどこかで憬れていた。
 どう羨望してもこの家に生まれてしまった以上自分には縁遠い話で、だから弟こそ二歳下の弟が大切だったのだ。虫の息みたいな虫みたいな人間が息絶えるまでの時間は地獄だった。オルトはこの家を継ぐ予定が無いから死者を見送る儀式に参加しない。玄関先の鐘が鳴って人が来て死ぬまでの間オルトは一人っ切りだ。

「なんで死んでくれないの? 早く死んでよ。今日は中ボス戦までやろうってオルトと約束してるのに。……ぁぁあああもうイライラする! この死に損ない!」

 その前日、オルトが「一人でいるのは心細い」と泣いていた。僕は気が立っていたんだ。いつもだったら我慢できる死に待ちの時間がどうしようも無く長く感じた。だから僕は指先を振るって、気が付いたら死に損ないを燃やしてしまっていた。

「ぎ、ゃあああああ! 熱い、たす……助けて!」
「……あ」

 死に損ないは若い女性だった。女なのに野太くて汚い悲鳴を上げて、どうせ死ぬのに助けを求めて、芋虫みたいに床を転げ回って、全身を掻き毟りながら次第に動かなくなった。

「イデアのお陰で早く済んで助かるよ」
「父さん、母さん、怒らないの……?」
「あらイデア、声変わりしたのね。お父様に似た良い声じゃない」
「え? あ、うん……」

 夜通しゲームをしていたら長々と説教してくる母さんも、ロボットやアプリを開発していると小言をつらつら並べる父さんも、僕の所業を叱らなかった。人を殺した罪悪感より僕は、耳にこびり付く悲鳴とソレを聴いて昂る感情の方が気になって、その日のゲームは少しも手に付かなかった。


 

「声帯は治療したから出来るだけ大声で泣き喚いてよ。君も死に場所求めにここまで来たんでしょ? 十分か十五分ぐらい苦しんだら解放されるんだから、どんなに痛くても我慢できるよね」
「や、やめ……」
「フヒヒッ、その顔好きかも。僕、最近複雑な機械も作れるようになったんだ。実験台になってくれるよね?」
「嫌……いやだ! ここに来れば安息の死が手に入ると聞いたのに!」
「まあそうだけど。死んだ後は丁重に扱ってやるから」

 仕事に集中できるように来客の対応は僕がやるよ。そんな提案を両親は二つ返事ですんなり受け入れてくれた。
 精通は初めて悲鳴を聞いた日の夜だった。痛みとか苦しみとか、絶望の中で悶えて絶叫して死んでいく声を聴くと部屋に篭って弟とゲームをしている時と同じぐらい満たされるのだ。
 折を見て、僕はブラウザをシークレットモードにしてこっそりアダルトサイトを見るようになった。僕ぐらいの年齢の男子は裸の女に興味を持つものだと漫画で読んだからだ。確かにセックスは興味深かったけれど、ソレを見たからって噂に聞くように興奮しないし勃起も出来なかった。
 そんな事より恐怖に震える目玉や咽喉が潰れるぐらいの断末魔の方がよっぽど唆られる。そこで僕は、自分が良く無い嗜好を持っていることに気が付いた。けれど僕は家柄が特殊なだけの気弱な一般男子だ。頭だって悪く無いし常識もある方なので、ソレがこの死の島以外で許されない事はわかっている。
 絶対に生きた女性に興味を持たないようにしよう。人間関係をこれまで以上にシャットアウトしたのは僕自身と言うよりこの世界に生きる他人の為だ。恋愛感情を徹底的に研究しなければならない。恋愛は脳が脳の働きの一部でしか無いと知ったのはその時の話である。




 もし黒い馬車が来なければ、僕は一生あの島から出る事は無かったと思う。人が多い場所は苦手だけれど男子校ならば幾分かマシだ。生音での断末魔と暫く縁遠くなるのは残念だが、両親に内緒でサンプリングした被検体のファイルならばある。
 寮は相部屋だった。二年に進級する頃にはオルトのボディも完成していたからせっかくの音源を聴くタイミングはシビアだったけれど、たまに一人きりの時間を作っては再生して、目に焼き付いたのたうち回る人間の光景を思い出して吐精する。こんな趣味が他人に知られたら必要以上に家の悪名が轟く上に僕自身も「ヤバい奴」として有名になってしまうだろう。目立ちたくない。その一心でひた隠しにしていると、次第に目的と手段が曖昧になっていく。
 インドア派の寮生らは教師の目を盗んではメモリーファイルを交換していた。中身は勿論アダルトアニメや漫画で、猥談に昂じている間だけは彼らは僕にも対等に接してくれた。貰った以上僕はその内容に全て目を通した。けれど当然少しも興奮できなかった。×××先生のエロ漫画は最の高。何発抜いた? このシーンのシコリティ高杉内。どんなに絶賛しようともファイルの複製だけはしないあたり、寮内の人間も悪いものでは無いと感じた。
 二年のホリデー前の事である。ある作品が寮内に激震をもたらして、どこに行っても青い制服はソレばかりを話題に持ち上げていた。清純な男女が交際に至り初夜を迎える物語。確かに絵は抜きん出て上手かったものの、平坦過ぎるストーリーにやはり僕は少しの興味も抱けない。
 どうせすぐに話題も変わると思っていた。けれどホリデー明けにも当該漫画の話題は尾を引いていて、その時ようやく僕は自分の性的嗜好が異端で恥ずべきものだと理解した。

「イデア殿はあの漫画何回読んだ?」
「ぼ、僕……拙者は一度で網膜に焼き付けておりますので。いつでも脳内再生余裕ですぞ」
「さすがは天才イデア・シュラウド! そこに痺れる憧れるゥ!」
「お、おお同じ作者の妹モノも中々でしたぞ。あとで持って来るから全裸待機してて」
「神! 次期寮長はイデアたそに決まりですな!」
「や……やめて、よ」

 ねじ曲がった嗜好を矯正しなければならない。僕はその日から努めて健全に一般アダルトサイトを閲覧するように生活リズムを変更した。やっぱり少しも興奮出来ない、そんな自分がシュラウド家の歪んだ常識に飲まれているのだと思うと言い様の無い危機感に脳が支配される。
 いっそ魔法で自分の性格を丸ごと変えてしまいたいと何度も思った。それでも劣情は不定期に沸き上がるから例の音声ファイルが手放せない。射精した後僕は決まって泣いていた。愛液より血反吐、嬌声より断末魔に惹かれる自分はなんて汚らわしいのだろう。




「あの、ヴィル先輩ですか?」
「ひぇっ! ひひひ人違いでござる! 拙者みたいなヒョロガリ根暗オタクがヴィル氏である訳なかろう!」

 三年に上がり、なりたくも無い寮長になった。少しでも目立ちたく無いから寮長室から極力出ないようにしていたのに、たまに部屋を出ると決まって災難が降って来る。僕の髪の炎は誘蛾灯か何かなのだろうか。
 彼女に会ったのは早朝の事だった。

「モデルさんって聞いてたからあなただと思ったんですけど……」
「は? そ、それってどう言う意味……? 君、目付いてる? それともからかってんの? どっちにしても頭がイカれているのでは?」
「視力なら良い方なんですけど。だって背が高い美形じゃないですか」

 あ、マズい。弱いくせに堂々としている彼女は低い身長で僕を見上げて不思議そうに笑った。ダメだ。男子校にこんな見るからに弱そうな女を入学させるなんてどうかしている。
 家族以外の存在から肯定されたことが無い。死に損ない以外の女性と話した事が無い。他人から向けられる視線はいつも冷たかった。異性に対する脳の働きについてはあの頃散々調べ尽くしたのだ。だからわかる、僕みたいな陰キャの脳は簡単にドーパミンを分泌して、いとも容易くこの子のことを好きになる。

「お名前は? 一年生にはいなかったと思うけど、もしかして先輩ですか?」
「い、イデア……シュラウド。一応三年……」
「イデア先輩ですね。間違っちゃってすみませんでした。そしたらまた!」
「あっ、あの、さ……! ヴィル氏に用があるんでしょ? 隣のクラスだから……その、あ、案内、するけど……」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 僕は異性への耐性が一切無い。こうなることは分かっていたから絶対にオンボロ寮の監督生には関わらないように立ち回っていたのに、やっぱり僕は運命の女神に見放されている。どうして絶対に叶わない恋心なんて抱かなければならないのだろうか。
 この日の所為で彼女は事あるごとに僕に関わるようになった。彼女は僕の全部を肯定してくれて、絶え間無く話し掛けてくれて、笑顔で僕を褒めてくれる。これ以上一緒にいたら脳のバグが増えて取り返しが付かない事になるのは分かっていた。それでも僕は、会えば会うほど愛しくなる彼女を拒めずにいた。

「兄さん、最近ご機嫌だね! 監督生さんのおかげかな?」
「お、オルト……全然そんなんじゃないから! べ、別に監督生氏のことなんて好きでもなんでもないし!」
「これがツンデレなんだね! 父さんと母さんにも教えてあげな──」
「それだけはやめて! あっ、急に大声出してごめん……ほ、ほら、フラれるかもしれないでしょ? それにそもそも親に恋愛話なんて恥ずかしいし!」
「思春期ってやつかな? わかったよ、兄さん!」

 この学園に入学する前日、父さんは僕に「後継は養子でもいい」と言った。僕が来客に対して何をしているか勘付いていたんだろう。その上で軌道修正を諦めている。
 ここでもし彼女のような魔法の素養も無い、自己防衛の術を持たない女子の話を出せば何が起こるかは簡単に想像出来る。
 加えて、彼女が僕に少なからず好意を抱いている事も分かっていた。本人は隠しているつもりなんだろうけど、最近アズール氏が露骨に彼女の話題を出してくるのだ。

「イデア先輩、今日もイケメンですね! アイドルかと思いましたよー!」
「そんなにおだてても過去問は渡しませんぞ?」
「えー、本心なんですけどー」

 しかしどうしたことか、僕の歪んだ部分は日に日に形を潜めている。寮長になって一人部屋が与えられ、オルトをスリープモードにすればいつでもあの音声を聴いたり無修正の事故や拷問動画を観る事ができるのにそんな気持ちが少しも湧かないのだ。きっと、初めての恋心が良い方向に働いて捻じ曲がった性癖が正常に戻っているんだろう。
 後生大事に隠し持っていた被検体のファイルを削除した僕は、ようやく普通の人間になれたことに安心と奇妙な(例えば喪失感のような)感情を抱いていた。胸の突っ掛かりは彼女に会うだけで解消されたので、この歪みと一緒に二度と思い出さないように蓋をした。




 愛の告白なんて馬鹿げていると思っていた。惚れた腫れたにうつつを抜かす輩のことは軽蔑していた。

「きっ……君のことが、好きなんだけど……! ぼぼぼ僕のことを恋人にしてはくれませぬか!」
「イデア先輩がわたしのことを……?」
「やっぱり嫌、だよね……勘違い乙みたいな? で、でも拙者、絶対君のこと大切にするから! お、おおお願い……!」
「何言ってるんですか。わたしもイデア先輩のことが好きです。こちらこそよろしくお願いします」

 他人との関りを極端に断っていたからこそ僕と彼女の仲は瞬く間に学園中に拡散され、気付けば公認のものとなってしまった。寮生やクラスメイトから茶化されるのは面映いけれど悪い気はしない。彼女はオルトとも上手くやってくれて、放課後に僕抜きでゲームをすることもあるようだ。
 嫉妬深い僕を思ってか、彼女は他の生徒達に無防備を晒すことも無くなった。外泊ができない日は寝るまで通話を繋いでくれている。これまでの人生良い経験がまったく無かった僕は、全部が上手くいっていると、思い込んで安心していた。

「イデア先輩、キス……しませんか?」
「ファッ!? い、いいいいいやいやちょっと待ってよ! 僕らにはまだ早過ぎるって!」
「でもわたし達もう付き合って三ヶ月ですし……。もしかしてわたしじゃダメですか?」
「だ、ダメなわけないだろ常識的に考えて! ……はあ。目、つぶって?」

 彼女は僕の事が好きで、僕も彼女を愛している。昔の自分ならばこの状況を前に信じられないと何度も頬を抓っただろう。騙されていると嘲笑ったかもしれない。頬を真っ赤に染めて目蓋を閉じる彼女を前に心臓が煩い程に跳ね上がる。唇を重ねて舌を入れて、頭では分かっているのに身体が付いてこない。
 おどおどしている僕を見兼ねた彼女が片目を開いて僕にキスをした。小声が「好きです」と震えている。彼女は少女のように続きを期待しているのに、どうしたことか、僕は途端に冷静さを取り戻していた。

「イデアせんぱい……?」

 次は僕の方からキスをして、何ならセックスまで縺れ込むのが正常な流れである。僕は正常に戻ったんだ。だから空気も読めるようにならなければいけない。
 不安そうな瞳で見上げる彼女を僕は機械的に押し倒した。愛してるとか言いながら口に舌をねじ込んで、そのまま唇を鎖骨に落としていけばいい。電灯のリモコンを魔導認識にしていて正解だった。照明を落として少しずつ服を脱がすシーンも動画で見たから覚えている。
 僕は器用で記憶力も良い。昔見たアダルト動画の流れをそのまま汲んだおかげか、あの中の女優のように彼女は喘いでいた。全部昔見た動画の通りだ。そして少しも興奮出来ないのも、勃起出来ないのもあの時と同じだ。
 一向に挿入しない僕を不思議に思ったのか、彼女の手が遠慮がちに僕のズボンを触った。

「ご、ごめん……緊張して、えっと」
「わたしこそすみません。でも、うれしかった……です」
「嬉しい?」
「イデア先輩ってわたしに興味無いのかなって思ってたから」

 初セックスの失敗は男にとって恥ずかしさの象徴なのだろう。男として落第同然なのだろう。そんな事よりも僕は、自分の中に今も尚渦巻いているであろう歪んだ欲望の在り方に頭がいっぱいだった。
 こんな筈じゃ無いのに。彼女を知ってから一度も人が苦しむ様とか、死んでいく様子を観察したいと思っていない。自慰をする気も起きていない。今なら実家に帰っても亡者のなり損ないが息絶えるまで静かに見守れる自信がある。
 多分僕は性欲が過度に薄いんだ。なんなら性嫌悪なんだ。どちらにしたって普通からはかけ離れている。彼女の事が大切だ。彼女が望むなら、次会う時までに普通を取り繕えるようになればいい。
 魔法薬を作ろうと思った。媚薬とか、精力剤とか言われるやつ。僕は天才なんだから、そこらの専門職が研究に研究を重ねて精製する薬より効き目のあるものを一発で作成できるに違いない。
 隣で白い肌を曝す彼女にパーカーを被せ、僕は疲れたフリをして目を閉じた。頭の中では必要素材や製造工程のフローチャートが走っている。いつしか彼女は僕の左腕にまとわりつくように甘えて眠った。




 失敗を糧に次はきちんと監督生と最後までセックス出来た。慎ましやかな喘ぎ声や紅潮した頬は愛らしくて、ちゃんと興奮できたのだ。その証拠に僕は最中しっかり勃起した(その所為で彼女は痛がっていたのだが)。
 いつしか会えばセックスをする流れが出来上がっていた。セックスの導入は多数の漫画と同じぐらい様々だった。妙なユニーク魔法に掛かった彼女を助ける為、発情するような薬を誤飲した彼女に迫られた、誤解が嫉妬を呼んで仲直りをする。彼女はセックスをしていると愛情がいっそう深くなると言った。僕は別にそんなことしなくたって問題無いと思うけれど、最愛の彼女を喜ばせる為なら多少の面倒も被ろう。
 十三、四歳と言えば俗に言う厨二病に目覚める時期である。あの時の僕はアブノーマルな性癖がカッコイイと思っていた痛々しいオタクだったんだ。無事卒業できたんだ。童貞は得てして女性の身体に幻想を抱いていて、現実とのギャップに打ちのめされるものだとネットで読んだ。ソレと同じことが僕にも起こっているだけなんだ。

「パンプキン・ナイト見てからB級映画にハマっちゃって。観賞会たのしみです」
「あの名作をB級呼ばわりとは、君も中々わかってるね。今回のは僕も見た事ないからどんな内容かはわからんけど問題無い?」
「ちゃんと怖かったら拍手してあげますよー」

 映画がセックスの口実になったのはいつからだろうか。今日もまたスタッフロールに合わせて首筋に舌を這わせればいいんだろう。彼女がレンタルディスクを取り出し口に押し込めた。死霊の内臓、とか言う馬鹿げた表題が画面中央にドカンと居座り溶けていく。
 様子がオカシイ事に気付いたのは僕の長年の勘の賜物だ。この映画はホラーでも何でも無い、ただの悪趣味なスナッフムービーである。制作年月はオルトが生まれる少し前で、荒い画質に赤茶けた血飛沫が大量に飛んだ。首を切断するシーンはいかにも粗末でCG技術が発達していなかった時代を思い起こさせる。
 ただそんな場面でも彼女にとっては十分恐怖を感じ得るらしい。死霊が正者を襲う都度に僕の腕で顔を隠す姿はいつもよりずっと愛しく見える。

「うひゃあ! こ、この映画グロ過ぎます!」
「どう見ても作り物な件について。もしやギブアップですかな?」
「まだがんばれますってー!」

 涙目の彼女が画面に視線を送り返す。そろそろクライマックスだろう、チェーンソーを持った死霊が主人公に飛び掛かった。

「……え」

 その時僕の時間だけが止まってしまった。
 スピーカーから人間の劈くような悲鳴が鳴り響く。脳天に食い込んだ錆びた刃はゴリゴリと頭蓋骨を削り、鼻で止まって引き抜かれた。真っ二つを諦めたと思しき死霊役は次に首、胴体と中途半端に回転刃を押し付ける。主人公役の無名俳優が痛みと恐怖に悶えながら、まるでカメラに救いを求めるように手を伸ばした。
 僕の部屋のスピーカーはそれなりに高価で、輪をかけるように音質を高める改造を施してある。「監督!」「うそだろ」とざわつくスタッフの声まで拾ってしまえる程度の精度を誤魔化すように主人公が呻めき声が畳み掛けた。見ない方がいいかも、と、彼女の目元を袖口で抑えたのは何もこの画面を警戒したわけではない。久方振りにリアルな人死にを目の当たりにした僕の昂ぶりを悟られたくなかったからだ。

「イデア先輩、これもCGとかストップモーション? なんですよね……? まるで生きてる人間みたい、で」
「今いいところだから黙ってて」

 人間が中々死ねないことを僕は知っている。知っているから分かるのだ。これはCGやフェイク映像なんかじゃない。

「さすがにもうギブアップです! 猫の動画でお口直ししましょう?」
「ね、ねえ。拙者えっちしたくなっちゃったんだけど……」
「えっ? でも、なんか気分が」
「いつもしてるじゃん。いいよね?」

 有無も言わせず彼女を押し倒したのは初めてだった。いつもとは様子の違う僕に彼女は縮こまったまま何も言えずにいる。そのくせ目は爛々と輝いているのだから笑えたものだ。
 どうしてあんな映像が流通しているのか、何故今更蓋をしたはずの感情が溢れてくるのか、そんな事は些細な問題だった。人が死ぬ、それも苦しんで死んでいく。けれど目の前にいるのは可愛くて大切な小さな女の子だ。僕はただ恋人とセックスするだけなんだ。
 欲望と愛情を別の物と処理する事に脳のリソースのほとんどを割いていた。僕は頭が良いから正常に彼女とセックスできた。事後の彼女はいつもより幸せそうな顔で眠りに落ちた。




 各種授業に参加するようになったのは荒れる心音を誤魔化す目的だ。聴講に勤しみ寮長会議には生身で出席する。弟のオルトは優秀だから僕のバイタルが乱れていたら余計な心配をさせてしまう。それだけにいつもと違う事をすればいくらでも言い訳が出来た。倦怠感は身体を動かしたせいで動悸については過度な緊張、そう言うとオルトは喜んでスリープモードに入ってくれた。眠りに付いたオルトの頭に毛布を被せて僕は二度目の音声再生に取り掛かる。
 物理的に抹消したファイルは僕の技術をもってしても戻って来ないけれど、ネット上にはいくらでもお宝が転がっている。数年前と違って映像や録音の技術は上がっていて、世の中のモラルも低下しているのだ。小柄な女性に的を絞って動画や音声ストリーミングを再生する。
 一般的に、命は尊い物らしい。だから僕は食材に感謝するように祈りを込めてヘッドフォンから流れる絶叫を享受していた。人が死ぬ。泣き喚いて死ぬ。ナイトレイブンカレッジに入学して、生身の他人と過ごすまで日常の一部だったことは世間ではまず有り得ない光景なのだ。

「イデア先輩、顔色悪いみたいだけど大丈夫ですか?」
「兄さんはどうしても今日までに終わらせなきゃならない仕事があって、一昨日から寝てないんだ。寝なよって僕も言ったんだけど、どうしても監督生さんに会いたかったみたいで」
「あー心配しないで。ネトゲの鬼畜イベのおかげでオールには慣れておりますゆえ」
「疲れてるのにすみません……わたしもう帰りますから、ぐっすり寝てください」

 最初に気付いてから五年、僕の歪みは結局矯正されていなかった。手放しに僕を好きだと言う彼女がいるのになんて罰当たりなんだろう。

「嫌だ。君のために起きてたのに、どうしてすぐ帰ろうとするの?」
「すみません……そしたら一緒に寝ませんか? イデア先輩とずっと一緒にいたいんです。ダメ、ですか?」

 その上、この期に及んで人並みの幸福まで求めようとしている。凡人の彼女は日夜僕の才覚とか、家柄の高貴さだとかを周囲の人間から伝え聞いているらしく段々縋り付くようになっていた。彼女は何があっても僕を否定しない。
 最初の頃は僕の方が彼女に嫌われまいと躍起になっていたのに、いつしかひっくり返る上下関係が面白かった。外にデートに行きたいと言わなくなった。他人を拒絶する様を咎めなくなった。本当は血を見るだけでクラクラするくせに、僕が選んだスプラッター映画を目を見開いて観るようになった。二人でいる時に僕が不意に舌打ちをするとソレだけで大袈裟に肩を震わせるようになった。
 まるで生きていること自体が罪と思っているかのように、彼女は事あるごとに「すみません」と僕に謝るのだ。その様がどうしても、実家のあの場所で死を切望する来客や哀れにも被検体に成り下がった者々と重なって胸が高鳴る。彼女とあの死に損ないとでは土台次元が違う筈なのに。
 最近彼女が痛みに喘ぐ様が夢に出てきてしまうのだ。このままだったら僕は本能で彼女を殺してしまう。

「……ねえ、僕たち別れよう? それが君のためだから」
「どうして、なんでそんなこというんですか?」
「君の事、大切にしたいから……これ以上僕といたら絶対に不幸になるから、ごめん。お願いだから僕の前にもう二度と現れないで。君には幸せになってもらいたいんだ」

 だから僕は彼女と距離を置こうとした。

「嫌……絶対に嫌です! イデア先輩、わたしに悪い所があるならなおします! わたし、イデア先輩の事が大好きなんです。だから捨てないで!」
「僕だって君のことは好きだけど……君の為を思って言っているのであって」
「本当にわたしのためを思ってるなら、別れようなんて言わないでください。わたし、イデア先輩がいなかったら……お願いです、から!」

 彼女の元いた世界では、たかだか雨でさえも五月雨とか蝉時雨とか、様々な固有名称が付いているのだと言った。ならば涙にも色んな呼び名があるのだろう。彼女は今どういった名称の涙を流しているんだろうか。
 単純に「泣いている」とは言い表し難い様相で、彼女は僕の腕に文字通り縋り付いていた。好きです、愛しています、あなた無しでは生きていけません。必死な姿に死に損ないが重なる。脳内からおぞましい色をした劣情が噴き出すような感覚がした。こうなるから僕はやっぱり、生きている人間なんて好きになるべきではなかったのだ。

「お願い、何でもしますから……何でも言うこと聞くから、わたしのこと嫌いにならないでください!」
「……ほんとうに何でもしてくれるの?」
「わたしにできることだったらどんなことでもやります! だからお願い……捨てないで、ください」
「ふぅん。僕、忠告はしたからね」

 僕の弟はやっぱり優秀だ。AIは日々研鑽されて、空気を読むと言った僕でさえ習得出来ていない高等技術を身に着けている。
 オルトがスリープモードに入っていることを確認して僕は彼女に思いっきり口付けた。ギザギザに尖った僕の歯は彼女の唇も舌も傷付けて真っ赤な血が垂れる。好きな人から流れても血は血でしか無いから不味いことこの上無い。けれど痛みに震える姿は格別で、僕は彼女の首を絞めた。




 三年の長期休暇ぐらい帰って来いと父さんから連絡があった。四年生になると実習やインターンで忙しくなるから、家族団欒を過ごすにはこれが最後で最良のタイミングになるのだ。今までの僕だったら絶対に無視していた連絡に「わかった」と返したものだからオルトは飛び跳ねて喜んでいる。
 自分が生まれ育った死の島は愛する家族といつまでもいられる安息の地であるにも関わらず、この学園に入学した頃は、嘆きの島を毛嫌いしていた。一度外の世界を知ってしまうとあの土地あの家に生まれた自分の不幸ばかりが目立ってしまうのだ。逃げ出したいと思って必死に魔導工学の勉強をした。逃げられないと思って何度も涙を流した。そんな僕が大手を振って帰られるようになったのも彼女のお陰である。

「兄さんはすっごく背が伸びたんだ! 父さんよりかっこよくなったんだから!」
「オルトのボディも完成したからお披露目するのが楽しみだよ。ホリデー初日は鏡の間が混むから一日遅れてもいい? 僕も準備したい物があるし」
「僕も手伝うよ!」
「いいよ。自分の物ぐらい自分で纏めるから」

 今までの人生のどこを切り取ってもこの瞬間以上に素直に笑えた場面は無いだろう。僕の明るい声色に父さんも母さんもオルトも歓喜している。僕自身だってこんなに晴れやかなひと時は初めてだ。
 ウィンターホリデーはもう間近だ。年越しを間近に訪れる学園内のざわめきが心地良い。皆一様に、恐怖に怯えているのだ。

「兄さんまだー? 早くしないと怖い怪物にさらわれちゃうよ!」
「オルトまであの都市伝説を怖がってるの? 高性能AIを積んだとは言えここまで俗っぽくなると何か違うんですが」
「いいから早く! 父さんと母さんに会えるの、楽しみだなぁ!」

 服を含む日用品は実家に帰れば新品を都合してくれるだろう。研究資材も揃っている。こう言う時だけは金に困らない名家が頼もしく見える。
 ただ金銭では代替の利かない大切な物を瓶に抱えて、僕は闇の鏡の前に立った。行先は。いつ聞いてもテンションの低い鏡が事務的な声を上げる。

「嘆きの島。は、早く繋いでよ。他の奴らと会いたくないんだ」
「おや、シュラウドくんがここにいるとは珍しいですねぇ。あなたも例の事件の為に帰郷ですか?」
「だから言わんこっちゃ無い……。オルト、行くよ。早く帰ろう!」




 何でもすると彼女は言った。言質なんて取らなくても今の彼女ならば僕のすることに文句は言わなかっただろう。
 いくらこの寮長室が一人部屋で、頑丈なセキュリティと防音設備を備えているとは言え人間ひとりの渾身の絶叫に耐えられるとは思っていなかった。だから僕は彼女の手足を麻縄でキツく縛り、ダメ押しにショーツを噛ませている。靴下以外の全てを取り払われた彼女は目に大粒の涙を溜めていた。かろうじて涙液を溢さないのは「イデア・シュラウドに嫌われたくない」と言う愛情の顕れだと思うと一層愛しくて総毛立つ。
 ナイトレイブンカレッジの授業はどれも退屈だ。ただその中で唯一興味を唆られるのが魔法薬学の実習である。元々僕はサイエンス部に入りたかったのだ。

「これ、一滴垂らすだけで皮膚の感覚が通常の五倍になるんだって。細かい作業をする、職人ってやつ? そう言う人が大切な場面で使う目的で開発したってクルーウェルは言ってたけどさ、僕は違うと思うんだ」

 彼女は大きな眼孔を皿のように見開いて、緑色の薬液をスポイトに掬う僕の指先を凝視している。こうして趣味に付き合ってもらうのは初めての筈なのに何て物分かりが良いのだろう!
 手足は後ろ手に縛っているから真正面から目視できない。試しに鎖骨の窪みに薬液を数滴垂らしてみた。緑は皮膚に浸透してヌラリと輝く。そこをピンセットの先で軽く引っ掻いただけで、彼女は自由の効かない脚をバタバタと暴れさせた。

「一年生って来週の体力育成から水泳になるんだっけ。僕らの学年には人魚がいなくてラッキーだよね」

 調合は誤っていないらしい。今日はどの道試運転だ、手っ取り早く刷毛に取った薬液を腹部に擦り込むと、これから行われるお遊びを察したと思しき彼女はついにボロボロと涙を溢した。

「〜〜ッ! ひ、へ……あ゙ッ!」
「傷痕、見えたら何かと面倒でしょ? だ、大丈夫だよ。今日は初回ですし? 壊れないようにちゃんと調整するから……ね?」

 臍の窪みに落ちた薬液を同じくピンセットで軽く摘むや、彼女は老人には聞こえない程の甲高い周波数を発し白目を剥いた。ピィィーなんて人間には似つかわしく無い絶叫が響く。想像を絶する程の痛みに意識を失い、完全に脱力した彼女は今にも椅子から転げ落ちそうだ。
 僕は他の奴らと違って天才だし経験値も豊富なのでこう言った事象は事前に想定出来ている。気付けに電撃魔法を放ち、彼女の意識を強制的に引っ張った。
 まだ軽く小突いただけなのに、涙を堪える余裕はもう無いようだ。代わりに大きな恐怖に黒目を見開いている。死人も同じように瞳孔が開くんだった。彼女の死に顔はどんなに美しい事だろう。

「ね、ねえ、今日は酷い事言ってごめんね? 仲直りセックスって知ってる? 前に読んだマンガにあったんだけどさ、カップルって喧嘩した後はセックスして仲直りするんだって。でも僕君に別れようなんて言っちゃったし……普通のセックスじゃ仲直りできそうにないでしょ? 薬、まだいっぱいあって」
「ヒ……!」
「僕の為に何でもしてくれるぐらい君は僕の事が好きなんだよね? 気付いてあげられなくてごめん。い、いっぱい可愛がってあげるから。君も嬉しいよね? うん、嬉しいに決まってる」

 本当はもっと愛しい叫びを聞いていたい。でも今の僕は、前戯に掛ける時間も労力も惜しくて魔法薬を彼女の膣に全部注入した。このままだったら僕の神経まで剥き出しにされてしまうのでコンドームを二重に装着する。薬品がすべて表皮に吸収されたことを確認して、僕は勃起する陰茎を一気に突っ込んだ。
 一突き毎に彼女は気絶する。強過ぎる刺激に心臓も止まるものだから、僕は彼女に絶えず電撃魔法を行使した。涙と鼻水を流して、泡を吹いて、痙攣して、腹を裂いたわけでも肺を焼いたわけでも無いから彼女はソレでも絶命せずにくぐもった断末魔を聞かせてくれる。やっぱりこれが愛の形だったんだ。
 そう理解すると今まで見たり集めたりしたどの有象無象の死に様も陳腐な作り物のように思えてくる。愛してるよ、世界で一番。僕は自分が歪んだ怪物なのかもしれないって今までずっと悩んでいた。ヒトが苦しみながら死ぬ様でしか勃起できない不良品だと思っていた。
 けれど違ったんだ。僕はちゃんと、愛のあるセックスを求める一般人だ。自分の正常さに気が付いたのは十八の今だった。彼女の叫びにも似た嬌声を堪能して、僕は初めて心からの絶頂感に包まれた。




 三年ぶりに訪れる嘆きの島はやはり暗くて陰気な場所だ。黒い馬車が迎えに来た時、僕は心のどこかで「二度とこの島に帰ってなるものか」と中二染みた決意に燃えていた。今思えば浅墓な願望だ。結局僕はどこにも行けなくて、生涯、いいや死んでもこの死の島から逃れる事ができない。
 父さんと母さんが待つ実家までは徒歩が強制される。重い瓶を抱えふらつく足取りの僕を優しいオルトは心配してくれて、「荷物持とうか?」と折しに声を掛けてくれた。もしこれがキャリーケースならば受け入れたけれど、僕にとってこの瓶は荷物ではなく、もっと重要な物なのだ。ひたり、ひたり。シューズ越しに死の川の水の冷たさが浸み込む。帰ったら最初に靴を脱ごう。
 ようやく現れた城門は、僕の来訪を察すると静かに帰還を許してくれた。遥か後方に安寧を求める死に損ないが呻く声がする。待ってやる道理も無いので僕は玄関扉を押した。

「イデア、大きくなったわね。そっちにいるのはオルト? 完璧な造形だわ!」
「生前のオルトを思い出すようだ。イデア、疲れただろう。食事の用意は出来ているよ」
「そ、その前に……父さんと母さんに話したいことがあって」

 父さんと母さんはやっぱり優しい。三年も音信不通を貫いていた僕を責めもせず迎え入れてくれるけれど、オルトの再現や味気ない食事より先に伝えたいことがある。大切な話は儀式の間でするのが決まりだ。飛び回るオルトを扉の外に追いやって、僕は足元に瓶を置いた。

「跡継ぎ、父さんは養子でいいって言ったけどちゃんと結婚はするから。でも相手は適当に見繕っといて! 誰でもいいから!」
「だが……」

 あの日僕の全てを受け入れると縋った彼女は僕を二度と否定しなかった。燃え滾る鉄を喉に流し込んでも四肢を鋸で引いても彼女は僕の傍を離れなかった。芋虫みたいになって、目が潰れて耳も削いで、真っ暗な世界の中でも純粋に僕の与える愛を、栄養補給剤を貪り喰らってくれたのだ。
 電撃魔法や医療術式が効かなくなった。その頃には何をしても生理反応しか返してくれなかった彼女だけれど、ついに絶命する瞬間に、確かに愛しさが籠った涙を流したのだ。
 ずっと一緒にいたいと彼女は言った。僕だって同じ気持ちだった。だから皮膚と内臓、髪の毛を僕は瓶に詰めた。学園の生徒や教師はオンボロ寮の監督生が行方不明になった、きっとモンスターに攫われたのだとか騒いでいたけれど僕だけは真実を知っている。彼女は僕の物になったんだ。
 瓶詰の彼女を見詰めながら父さんは笑った。それから一瞬厳しい視線を走らせて、「ひとつだけ聞いてもいいか」と通過儀礼を口する。

「満足したか?」
「あ、当たり前だろ! あの時以上にキレイな顔って無いし、もうあんなことする気も起きないから」
「そうか。疲れているだろう? 食事は部屋に運ぶから、今日はゆっくりオルトと休みなさい」

 扉を開き、長い廊下に僕らの足音が何重にも反響した。




 僕の歪みが僕だけのものでは無いと知ったのは十七の頃だった。日々繰り返されるブロットの実験は深夜に始まり早朝に終わる。お前にはまだ早いと言って、父さんは僕の実験場への入室を頑なに拒んでいた。
 厳重なセキュリティを掻い潜る事が出来たのは執念の成せる業である。そこで父さんは、僕がいつも死に損ないにしていたように、いいやソレ以上の拷問を繰り返していた。やっぱり僕はシュラウド家の人間だ。
 ただ一つ違うのは、父さんはその魂に勤勉に接していた。蔑ろにした瞬間は一度も無い。魂が肉体から抜け落ちたのを確認すると父さんは決まって丁寧に祈りを捧げていた。

 ところで僕の知る限り、魂はゴーストになるか永遠に死の川を彷徨うものだ。けれど彼女は「死んだ人は輪廻転生って言って、天国に行ってしばらくしたら生まれ変わるんですよ」と話していた。ソレは、彼女のいた世界では普遍的に信じられている常識らしかった。
 瓶詰の彼女の魂もそのうちこの世界に帰って来るだろう。どうせ行き場なんて無いんだし、僕を愛してくれているんだし、タイミングとしては僕の子供に生まれ変わってくれたらいいんだけど。ギィィ、と、玄関扉が開く。あの死に損ないの来訪だろう。
 晴れて真人間になった僕は粛々とその命の炎を見送った。

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