短編 | ナノ

※なんでも許せる方向けです




「イデア先輩って目立ちたくないのに何で寮長やってるんですか?」

 聞き飽きた質問を前にイデアは溜息を吐いた。心無い人間はコレに加えて「頭の炎消せよ」とか「妙な研究やめれば」なども付け加えてくるのだ。恐る恐る彼女の顔を見ると、返答を待つばかりで不思議そうに小首を傾げている。幸いにも追撃は無いようだが今日はどう誤魔化すかとイデアは頭を抱えた。

「ま、まあ、仕方なく……と言いますか。それよりナマエ氏、最近新しい対戦ゲームを仕入れまして!」

 イデア・シュラウドは何かと目立つ人物である。
 かのシュラウド家の長子であることや青白く燃える髪は勿論のこと、人の集まる場所はタブレットでのリモート参加を徹底し独特な言葉を操っている。ソレに留まらず、彼は弟同伴でこの学園に入学してきた。よくイデアは「自分のことは空気のように扱ってくれ」と言うものの、ここまで徹底して大衆と異なる動きをしていてはどんな好青年でも頷くことは出来ないだろう。

 と、確固たる個性を確立しているイデアであるが、イグニハイド寮では特段珍しい存在でも無い。勤勉な精神を持つこの寮の生徒らは、異端の天才たる寮長に至らないものの魔法工学に長け、各々「推し」とか言う信念を持ち極力他人と関わらないように学園生活をやり過ごしているのだ。
 所謂オタクの集団であるが、彼らはオタク故に一致団結し周囲にひた隠しにしている秘密があった。イデアの知る限り、今の所ソレは外部に漏れていない。
 初代よりバージョン商法を採るその最新パッケージをチラ付かせ強引に話題の変遷を図ろうとするイデアに対し、ナマエはハッと目を見開いた。少なからず彼女の意識はゲームに移っている。イデアはソレが墓穴を掘ろうとは思ってもおらず、携帯ゲーム機を充電ケーブルから引き抜いた。

「ちゃんと君の分も用意してるから。ストーリーはチュートリアル! サクッとクリアして早く本編に──」
「ポケモンだ! あ……もしかして、イグニハイドってポケモンバトルで寮長決めるんですか?」

 オープニングムービーをスキップすべくボタンを連打するイデアは、その言葉に時間が止まったように凍り付いた。そんな訳無いですよねと彼女は笑う。誤魔化せば良いのにイデアは「なにゆえそれを……」と青白い顔を更に青くした。
 時間が止まったのはイデアだけではない。ナマエもまた呆気に取られて固まった。ここは魔法の異世界で、名門と呼ばれるナイトレイブンカレッジだ。決闘でも指名でも猛毒の作成でも無く、ゲームの腕前で寮長を決めるなど捻じ曲がっているにも程がある。

「うそ、冗談ですよね?」
「お願いだから学園長には黙ってて! 何でもしますから!」
「わー、ガチっぽいー……」

 イデアの手元では新しいポケモンが画面を駆け回っていた。





「元々は由緒正しくくじ引きで決めてたんだけど、拙者が入学する何年か前からポケモンバトルに変わったんだよね」
「くじ引きが由緒正しい……?」

 バレてしまえば仕方が無い。開き直ったイデアは前世代の携帯ゲーム機を探さんと開けっぴろげの引き出しをガサガサと掻き出す。これは前々世代、こっちは他社製品、もごもごと呟く中イデアはようやく違和感に気が付いた。
 オタク趣味に一定の理解を示すナマエであるが、これまでイデアが提示したゲームをあらかじめ知っている事はなかった。もしや自分の為に予習してくれたのではなかろうか。燃える毛先をほんのりと桜色に染めながらイデアは手を止め振り返る。

「な、何でポケモン知ってたの?」
「逆にどうして知ってるんですか? ここって異世界なのに!」
「へ? それってもしかして……」
「わたしがいた世界でもポケモン超流行ってました! ピカチュウとかシンボラーとか」
「ええええ」

 確かにナマエはチェスやマンカラと言ったボードゲームを知っていた。イデアとしては「人類が発展する中である似通った文化を作るのも有り得る」などと思考を放棄していたのだが、100をゆうに越える多様なモンスターが売りのこのゲームと丸ごと同じものが異世界に存在しているとは不思議が過ぎる。
 製作者が彼女と同じくツイステッドワンダーランドに迷い込んだのか、あるいはこの世界とは並行世界の関係にあるのか。興味深い題材を蹴散らすようにナマエが自分用のゲーム機のスイッチを入れる。

「それより寮長選びですよ! さすがにポケモンバトルってダメでしょ」
「ああ……うん、さすがの拙者も寮のオリエンテーションで聞いた時は驚きましたわ」

 元々は由緒正しい方法で寮長を選出していたイグニハイド寮であるが、数年前提唱されたのが「ロクサンゴーゼロ」と呼ばれる個人戦である。魂の性質が似通った生徒が集まる以上、そのトチ狂った提案はすぐに受け入れられ秘密裏に現在に続いている。
 最早伝統と言って差し支えないだろう。入学前よりポケモン厳選に勤しんでいたイデアとしては、戸惑いこそあったもののすんなりと受け入れられるものだった。

「でもイデア先輩目立ちたくないんですよね。わざと負けたらよかったのに」
「あー、それなんだけど……負けたら煽られるんだよね。一年間ずっと」

 目立たないことを信念に一年次、二年次の個人戦でわざと敗北を選択していたイデアであるが、自分に勝った寮生らがあまりに煽る為に本気を出したところ優勝してしまいルールに則り寮長に選任された、と言うのが寮長に至る顛末だった。
 くじ引きにポケモン、煽り、冗談のような話にナマエは脱力する。

「な、内緒にしててくれる?」
「言われなくても……っていうかこんな事話しても誰も信じませんって」

 これがその時の優勝パーティだと、イデアが一世代前の携帯ゲーム機を起動する。きっかり100レベルまで育て上げられた六匹は元の世界で結論とまで言われた面白味の無い強キャラばかりのパーティだった。

「カプ・テテフにメガリザードン、ガブリアス……。うわ、ネット対戦でよく見るやつ……」
「し、仕方ないだろ! 全寮長のネクラ侍氏、昼夜問わず全力で煽ってくるんだから!」
「そのネクラ侍ってハンドルネーム世襲制だったんですね」

 プレイ時間は当然カウントを辞めている。年季の入った青色のゲーム機をしげしげと眺めながらナマエは「とんでもない所に来てしまった」と改めて痛感した。それと同時に深く考えるだけ無駄とも思えてくる。むしろ魔法が蔓延る世界で慣れ親しんだポケモンをプレイ出来る幸運に浸った方が得策だ。
 気持ちを切り替え折り畳み式ゲーム機を手に取ったナマエは、受験勉強の傍ら育成に勤しんだ元の世界での日々を思い出していた。あの日必死になって育てたポケモン達は今もまだ自分の帰りを待ってくれているのだろうか。残念だが新作が出た以上迎えに行ってやれる自信は無いのだが。

「しかしまさかナマエ氏の世界にもポケモンがあったとは! 国境が無いにも程がありますぞ!」
「イデア先輩なんか投げやりじゃありません?」
「考えるだけ無駄な気がしてきて」
「同感です」

 早速最新作を始めた二人は片手間にシリーズ作品の思い出を語り合う。カスミのスターミーはきつかった、アカネのミルタンクはトラウマだ、三作目の画質には腰を抜かした。成長に根付いたゲームシリーズは私生活にも絡み付いており、時折飛び出す幼少期のイデアの姿に監督生の口元が緩む。
 ところでナマエは、初めてイデアに出会った時から既視感を覚えていた。時折夢に見る謎のプリンセスや動物達とは違う、もっと身近なキャラクター。ポケモンが話題に上がったおかげで今はソレが何なのかくっきりと思い浮かぶ。

「イデア先輩って色違いのギャロップみたいですよね」

 ポケモンには低確率で色違いと呼ばれる特殊なキャラクターが登場する。ギャロップとは炎の立髪を持つ馬をモチーフにしたモンスターだ。
 通常炎は赤く輝いているのだが、色違いは見目麗しい青色の炎を纏っている。水色と深い青で描かれたその白馬とイデアが重なった。

「となるとオルトはポニータですな」
「ギャロップより輝石ポニータの方が強いの、先輩達みたい」
「はいはい、どうせ拙者はボドゲ以外じゃオルトに勝てませんよ」

 口先ではいじけているが手元は何枚も上手である。三番目のジムに苦戦する彼女を差し置いて、イデアはすでに悪の組織を壊滅するに至っていた。
 ゲーミングチェアに座り依然ボタンを連打するイデアの姿は最近で一番活き活きしているように見えた。この姿を見るに彼が寮長になったのは必然だ。授業や式典では決して見られないイデアの楽しげな姿がナマエの口元を更に緩くする。

「ギャロップってことは……信頼してる人には炎熱くないんですか?」
「まあ、多分」

 物が多い寮長室で、ベッド端に腰掛けていたナマエが立ち上がった。ゲームに集中している今ならば気付かれまい。
 そろり、そろりと死角からイデアを目指す。目的は当然青の“立髪“だ。

「本当だ! イデア先輩の髪、全然熱くない! イデア先輩、わたしのこと信頼してくれてたんですね」
「なななな何してるん……あっ、ミスった!」

 急な接触に驚いたイデアは、草むらの何でも無いポケモンにマスターボールを投げてしまった。クリアまでのスピードを重視する余り一度もレポートを書いていない。やってしまったと頭を抱えながら、イデアはゲーム機を投げ出しナマエの腕を両手で掴んだ。

「あのさあ……そうじゃなきゃ寮の秘密なんて言うわけないよ」
「え、あ……うれしい、です」

 見た事もないような真剣な視線にナマエは目を閉じる。経緯は何であれ、これはキスの前触れではあるまいか。目蓋越しにイデアの冷たい体温が近付いてくる。拍動すら感じる距離の中、イデアの青くかさつく唇は耳元まで近付いた。
 頬を掠める燃える髪は、見た目と裏腹で、まるで冷気でも放っているかのようにひんやりと揺らめいている。ここから彼は一体何を囁くのだろう。ソレを、言われた時自分はどう答えれば良いのだろう。妄想にニヤける唇を噛み締めナマエは緊張に拳を握った。

「マスターボール、手に入ったら返してよ」
「……は? 最悪。そこは『愛してるよ』とかロマンチックな台詞言うところでしょ!」

 しかしイデアはイデアだった。
 二人きりの室内、触れ合う肌、完璧なシチュエーションを前にしてもろくでも無い言葉しか出てこない。しかしそこに失望はなく、あるのは笑いと一抹の安心感だ。

「拙者みたいな陰キャには無理っすわーハードル高杉内」
「こんなにかっこいいのに? って、イデア先輩髪と顔真っ赤! 通常色ギャロップになってます!」

 白と青のイデアも好きだが、赤いイデアはもっと可愛いとナマエは思う。
 色違いの方が希少度が下というねじれた世界が面白い。まるで自分だけが裏技や改造コードを知る特別な主人公のような気になれるのだ。だからこそ他の誰にも知られたくない。

「そうだ、イデア先輩のことゲットしてもいいですか?」
「マスボじゃなきゃ入ってやらん」
「ウルトラボールが一番似合うと思うんですけど」

 なおも真っ赤なイデアは「まあアリかも」と呟いた。

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