短編 | ナノ

「明日結婚するんだ」

 他人事のように呟く、その言葉にわたしは過去を回想して先走っていた。イデア先輩が告白してくれた時も今と同じようにただの会話の流れだったのだ。
 いつも通り部屋で映画を観てご飯を食べて、何回も再生したアニメを流しながら各々スマートフォンと睨めっこして、ゲームの攻略情報を共有する傍ら彼は「僕、君のこと好きなんだけど」と言った。聞き間違えじゃないかって思ってあの時のわたしは五分ぐらいそのままログインボーナスを貪っていたっけ。
 だからわたしは期待と喜びを極力隠すようにアプリのアイコンをタップしていた。案外ロマンチックな彼の事だから、もうちょっとしたら指輪とか差し出してくれるんだろう。イデア先輩と結婚するって、ソレも明日って、唐突だけど少しも嫌じゃない。先輩の家は貴い血筋みたいだからソレに見合うように振る舞いとか勉強しないと。嫁姑問題もイデア先輩のお母さまなら耐えられるに違いない。
 って、思っていたのにいつまで待ってもイデア先輩は黙ったまま何ンにも言わなかった。「イデア先輩?」スマートフォンから目を上げると、彼は泣きそうな顔をしていた。

「黙っててごめん」
「え? 結婚って、え、わたしの事なら気にしないでくださいよ! 明日なら早く寝ないと」
「ごめん」
「イデア先輩?」
「ごめん、本当に……ごめんなさい」

 右手は頭を抱えて左手は胸を掻き毟りながらイデア先輩は縮こまって謝罪の言葉を繰り返している。ごめん、ごめんね、ごめんなさい、ごめんなさい。虐待された幼児が決死で親に媚びるような切羽詰ったフレーズに背中の中心が冷えていく。この状況をわたしは知っている。いつか、親御さんに言われるがまま良家のお嬢様と一夜を過ごした後に彼はこうして泣きながら謝っていた。

「輝石の国の第四皇女が、貰い手が無いからってシュラウド家に嫁がせようって……僕には君がいるから絶対に嫌だって言ったけど、あの国とはいずれ戦争になりそうだから仕方が無いって、君とはもう会うなって」
「イデア、先輩……?」
「僕が悪いんだ。僕が、もっと最初からナマエのこと、親に紹介して……どれだけ大切かってちゃんと説得して、認めてくれないならシュラウド家と縁を切るって言ってたら、ああああ」

 イデア先輩が涙と血を流しながら爪を深く噛んでいる。なのにわたしは目の前の絶望に頭が真っ白になって自分の保身ばっかり考えていた。
 明日イデア先輩は見たことも知ったことも無い皇女様と結婚する。高貴な家の人なんだから、結婚してしまえばわたしみたいな出自不明の人間は謁見すらままならないだろう。イデア先輩と二度と会えなくなる。会えなくなる。指先から血の気が引いていく。

「ごめん。ごめんね。僕が……こんな事なら授業もちゃんと生身で出席してたらよかった。あの時死んでたらよかった。あんな家に生まれて来なければよかった」

 大きな身体を目イッパイ潜めて延々泣いて、泣き過ぎて胃液まで吐く彼を前にしたら何も言えなくなってしまった。コレだけ愛してくれるンだからわたしはソレだけで、幸せだって思わないといけない。
 おめでとうございます。心にも無い台詞をヤット咽喉から捻り出したわたしを彼は力無く抱き締めて大声を上げて泣いてくれた。泣きたいのはわたしの方だって思ったけれどソノ姿を見ていたら遣る瀬無くって、わたしはただ彼のシクシク燃える髪を撫でる他無かった。

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