( テルミに寝かしつけてもらいたいだけの話 )
寝てばかりいるとソノ内小手先の感覚が消えてしまう。支離滅裂な夢の内容に精神も蝕まれてしまいには廃人だ、そもそも目を閉じたら真っ暗になるのが嫌だしまず以ってまだ寝たくない。
なのにテルミさんはわたしに「寝ろ」と吐き捨てた。夜は大人の時間なのだと洗脳のように彼は繰り返している。だから何ンら疑いを持っていなかったけれど最近気が付いたのだ。わたしも一応大人である。
「いつまでも子供扱いしないでください」
「俺様から見りゃジジイもババアもガキなんだけど」
「不老不死目線はズルいですよ」
「いいからさっさと寝ろ。明日早ェんだろ?」
老いるとか死ぬとか言う概念をテルミさんは持っていないが、だからって金輪際子供扱いをされていては堪らない。大体もしわたしが子供ならソレに手を出すテルミさんはロリコンで犯罪者だ。都合の良い時ばっかり年長者面をするテルミさんがわたしの背中を蹴り上げた。痛い。
「寝たくないんです!」
「あぁ? だったら絞め落としてやろうか?」
「……わたしが起きてたら邪魔なんですか」
「いや? いてもいなくても変わんねえし」
とか言っているけれど、多分テルミさんはわたしが寝静まった頃合いを見計らってAVを観るに違いない。破廉恥な人である。
そう言ったわたしの思考を読むようにテルミさんが「違ぇ」と頭を叩いた。
「あー、あれだ。どうして眠れねえの? 駄々捏ねてるだけならマジで絞めるけど」
「えっと……暗いの怖くて」
「おいおい冗談だろ! ナマエちゃん今年いくつだっけー?」
手を叩いてケラケラとテルミさんが笑う。確かに笑われて当然の言い分であるが何もここまで馬鹿にしなくてもいいと思う。他人を煽ることに関して彼は他の追随を許さない。
いくつかの罵声や嘲笑を吐いて、笑って、落ち着いたのかテルミさんはわたしの目線まで膝を折ってくれた。視線が合っても相変わらずフードの下のお顔はよく見えない。
「どうして怖いか言ってみろ。喰ってやるから」
「夢とか一人だからとか色々あるんですけど、これと言った理由はありません」
「へー。だったら俺様が隣で寝かし付けてやろうか」
「え?」
この人がまさか他人の為に労力を使うとは思っていなかった。もしかしたらコレを対価にとんでもない頼み事をされるかもしれない、まア、テルミさんの為だったら大概のことはしてしまう気持ちでいるのだが。
テルミさんがわたしを抱えて寝室のドアを開けた。マットレスに放り投げられたのは予想通りだけれど、まさかテルミさんまでシングルベッドに横たわるとは思っていなかった。
「狭い。もっと詰めろ」
「あっ、すみません」
「で? 子守唄でも歌ってやりゃ寝るよな。ねーんねーんころーりーよ……続き知ってる?」
「なんですかその歌」
わざとらしく音程を外した爆音が鼓膜に響いた。本当に寝かし付けてくれるつもりがあるんだろうか、テルミさんはわたしの耳を喰い千切らんばかりの勢いで「寝ない子は捨てる」だとか呪詛めいた歌をうたっている。
こうなるンなら一人で寝た方が良かったかもしれない、けれどテルミさんは、次の瞬間には優しくわたしの目蓋に手を置いた。
「気にしねえでさっさと寝ろ。大体俺様がいるのに怖い事なんざ起こるわけねえだろ」
「でも」
「夢は喰えねえけど嫌なもん見た記憶ならいつでも始末してやる。俺様のこと信用できねーの?」
「……できます」
よかった、と小声で言って、テルミさんは仰向けに眠るわたしを横から抱き締めた。安眠には程遠い冷たい体温が沁み渡る。今日はよく眠れるような気がした。