短編 | ナノ

( 意外と紳士で真摯なテルミと出会う現パロ )



 終わった。

「もしかしてナマエちゃん?」
「あ……テルミさんですか?」

 終わった。待ち合わせ場所で肩を叩いた人はチンピラだった。すごく怪しい。真夏なのに(真夏だからか?)長袖だしフード被ってるしパーカーの色はど派手だしシャツのボタンが何個も空いている。腕まくりしたらがっつり墨が入っていても不思議じゃないと思う。
 だからマッチングアプリとかそう言うのを使うのは良くないんだ。チャットでやり取りしていた感じでは普通の人だった。プロフィール写真はちょっと画質が悪いけどにこやかで紳士的な雰囲気だったし身長183センチって書いてたし、趣味がギターって載ってたから「わー、もし付き合ったら教えてもらえるかもー」とか思ってたけどこんな見るからにヤバそうな人と気が合うはずがない。詐欺だ。まだお金は取られてないけどこのままじゃ詐欺に遭う。
 お断りしよう。さっさとホテルに行ってヤることヤって解散とも思ったけどこんな風貌の人だから違法薬物とか打たれるかもしれない。そうでなくてもひと気のない所に行っちゃえば殴られるに違いないし、そもそも何人か殺した後なのかもしれない。最近よくあるじゃん、ネットで会った人を殺しますーみたいな事件、アレみたいにわたしも殺されるんだ。

「マジラッキー、めっちゃ可愛いじゃん! とりあえず飯食いに行かね?」
「あっ……はい」

 でも残念でした! こういうところでキッパリお断りできる性格じゃないんだよなア。刺激すると危なそうだしトイレ行ったフリして帰ろう。
 テルミさんは呑気にスマホでこの辺のお店を探し始めた。「アレルギーとかねえの?」「ハウスダストぐらいです」っていうやり取りをした後に可愛い子が来てよかったーと笑っている。振り向いたのがブスだったら帰るつもりだったらしい。とんだリップサービスである。
 アプリ上でのやり取り通りこの人は口数が多い。今日の天気とか仕事の愚痴を経由して、彼がちょうどわたしのプロフィール画像がデフォルトのままだったのを話題にしたから勇気を出して言ってみた。

「テルミさんは、あの、写真と雰囲気ちょっと違う感じですね。あっ、別に悪いとかじゃないんですけど!」
「あー、あれな。弟の写真使ったから」
「え」
「双子だし問題ねえだろ。親でも見分けつかねーぐらい顔一緒だから」
「ええ……」

 とか言ってフードの下でニコニコ笑って見せる顔はよく見えないけど確かに画像のまんまだった。だったら自分の写真使えばいいじゃん。この手の男の人って(偏見だけど)自撮りとか好きそうだし(偏見だけど)(そう、総て偏見だ)。
 お店が見付かったようでテルミさんが手を差し伸べる。無理矢理掴まれて路地に引きずられるものだとばかり思っていたのでビックリしておててを握ってしまった。あっ、手が大きい。写真は嘘だったけど183センチっていうのは本当みたいだ。

「ナマエちゃんは何であんなんに登録してんの?」
「職場が女性ばっかりで出会いが無くて……、テルミさんはどうしてですか?」
「暇だったから」

 絶対に嘘だ。街中やクラブで何人も簡単にお持ち帰りできそうなのにわざわざ後腐れの無い方法を選ぶのはやっぱり殺す為に違いない。それか風俗のスカウトマンでお店で働く女の子を探しているとか。
 よくないことばっかり考えていると目的地に到着した。ここ知ってる、オムライスが有名ってテレビでやってたから、行ってみたいってチャットで話したお店だ。

「ここでよかったんですか?」
「俺も気になってたし。男一人だと入れねえだろ?」
「弟さん? と来ればいいじゃないですか」
「いい年した同じ顔の男が二人でンな洒落た店に入るとか気色悪ィだろうが」

 想像してみると確かに不気味だ。男の人って大変だなア。とは言えずっと気になっていたお店を選ばれては食べずに帰るのももったいない。食べ終わったら逃げよう、座席は半個室になっているから荷物を確保していたらバレずに出られるだろう。

「マジ暑ぃー。さっさと夏終わんねえかな」

 席に着くとテルミさんはパーカーごとフードを取り払った。髪がツンツンしている。どう見てもヤンキーか半グレだ。
 どうしてわたしはこんな見るからに危ない人と知り合ってしまったんだろう。友達の結婚式に参加して、焦って勢いでアプリをダウンロードしてしまった当時のわたしを呪いたい。

「あの、……どうして真夏なのにそんな格好してるんですか?」
「肌弱いんだよ。日に当たると真っ赤になっちまうから。日焼け止め塗ったらマシなんだけど、あれって変なニオイするしベタベタするし」
「へぇー……、今度わたしが使ってるの貸しましょうか?」

 何が今度だ。長袖の下の腕には刺青こそ無かったけれど女のわたしよりも真っ白な肌をしている。うっすら赤らんでいたのが気の毒で思ってもいないことを言ってしまった。わたしはこの後脱出するんだ。
 なのに食事を終えるとテルミさんが先に席を立ってしまった。今のうち、と思うと彼はもう店先にいる。まさかあっちが食い逃げするつもりだったのか。

「すみません、お会計お願いします」
「もういただいてますよ?」
「えー……」

 トゴ(十日で五割)という言葉を聞いたことがある。財布を片手にテルミさんを追ったけれど彼は当然のようにお金を受け取らない。そればかりかテルミさんは次はどこに行くかと愉快そうに話すのだ。
 警戒心を極限まで削って終いには廃墟に誘い殺害する予定なのだろう。そもそも双子だって話も怪しい、こんなに恰好良い人が世の中に二人もいてなるものか。
 わたしは絶対に殺されてしまうんだ。それか売り飛ばされてしまうのだ。衣装ケースが異常な高値で取引される話を最近ネットニュースで見た。人身売買を公にしないための手段なのだと言う。
 わたしも詰められてどこかの国に売られてしまうんだろう。末恐ろしい計画を立てているはずなのにテルミさんは楽しそうに、楽しそうに大通りを歩いている。

「ヤッベ、弟から電話かかってきた。悪ぃけどちょっと待っててくんねえ?」
「はい……、ごゆっくり」

 陽も翳り出したのでココが逃げ出す最後のタイミングだ。なのにわたしは律儀にもベンチに座ってテルミさんを待っている。歩道では自然と車道寄りを歩いて、歩き疲れる少し前にカフェに立ち寄ってくれて、わたしのただのワガママなのに興味も無いであろう雑貨店に付き合ってくれて、テルミさんはただの良い人なのだ。
 人を欺くにはまず信頼させなければならない。わたしはとうにテルミさんのことを信用している。

「あ……お帰りなさい。弟さん大丈夫でしたか?」
「勝手に写真使ったのがバレちまってたらしくてガチで怒られた。ったくよー、写真ぐらいよくね?」
「まあ、ええ……はい」

 わたしだったとしても怒るな、と思いながらも反抗できない。ソウ言うのを全部察しているのかテルミさんは気まずそうに「ごめんな」と笑った。嘘だ、この手の人は(当然偏見だけど)気に食わない態度を取られると胸ぐらを掴む筈なのだ。

「駅まで送……んねぇ方がいいか。気ィ付けて帰んな」
「えっ、でもあの」
「別に逆恨みとかで何かする訳でもねぇから……あー、慣れてっし?」

 フードを目深に被り直した彼の笑顔が引き攣っている事には気付いていた。わたしはこの一日、延々テルミさんの事を疑って決め付けている。彼は見掛けに依らず純粋な人なのだ。
 ヒラヒラと手を振りながらテルミさんが反対方向に去って行く。人混みに紛れる派手なコートの裾を、わたしは気付けば引っ張っていた。

「ナマエちゃん?」
「あ……」

 自分でも自分のしている事が分からない。そもそもわたしは、今日まで彼について文面上でしか知らなかったのだ。写真は落ち着いた紳士な男性だったけれど、再三やったやり取りは敬語だっただけでテルミさんを象徴していて、ソノ自信過剰な思考とか、教養深い部分とか、ソウ言った部分に惹かれたから会おうと思った。
 テルミさんも少なからずわたしに嫌悪感は抱いていなかったからこの時間まで一緒に街を歩いていたのだ。思い返すと無礼と偏見に塗れたわたしの一日の態度が申し訳無く、こう言った対応に慣れていると自虐する彼が痛ましい。

「あの、今日はすみません。また来週とかに……あっ、テルミさんの暇な時でいいんです! 今日のことやり直せないでしょうか!」
「うっそ、マジで?」
「マジです」
「……あー」

 口許を押さえながらテルミさんが安堵混じりに笑う。釣られて笑ったわたしを通行人が訝しげに眺めている。周囲の目線を気にも留めずにテルミさんは、そのままコートを翻してわたしの頭を、日に焼けて赤くなった大きな手で覆った。

「だったら今からやり直してくれよ。家帰ってもハザマちゃんから怒られるだけだし?」
「え……あ、うわー」

 低い声が挑発的に耳に響いた。あれ、この人今日は帰らないつもりだ。殺されないにしてももしかして最初に疑った通りの事になるんじゃないだろうか。
 付き合ってくれるんだろ、とテルミさんが挑発的に笑う。あー、退くに退けなくなってしまった。頷くわたしを彼は今日で一番素直な笑顔で迎えて、まずは酒からだと引っ張った。始まった。怖いよりもわたし、テルミさんの事を好きになりかけている。


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