短編 | ナノ

※現パロ、性転換



「オヤジ狩りだぜ」
「それ死語だからやめた方がいいと思うよ」

 百ちゃんと来たら制服のまんまタバコとか吹かし始めるので、わたしはいっつも先生に言い訳をするので忙しい。昔はもっと大人しくて育ちの良い子だった。高校に上がってから会ったこの子は見様見真似みたいな悪巧みをしては中途半端に終わっている。
 短いスカートの裾をジタバタさせて、百ちゃんは「暑い」と思ってもいない事を言って見せた。当然今は年の瀬だしココは北半球だから冬なのだ。反論するのも面倒だからそうだねと答えたら彼女は簡単に「なわけねえだろ」とか紫煙と一緒に悪態を吐いた。百ちゃんは天邪鬼だ。ソコだけは前からズット変わらないんだなアと思ったら少しだけ面白かった。

「パパ活するの? 危ないと思うんだけど」
「アホか。んな単純なもんで終わるわけねえだろ」

 百ちゃんがもう一つ、溜息混じりに煙を吐き捨てた。わざとらしく咳き込んだところでこの子の加虐心を煽るばっかりで、わたしは、どうのしようもないから「そうだね」とだけ言って見せる。
 分かり易いぐらいに憂鬱なこの子はわたしの気の無い返事にも気が付いていたんだと思う。ソレでも、ケエタイの画面を突き出してコレがコウだとかアレがアアだとか語り始める姿は、小学生の時分にゲームの裏技を教えてくれた時とおんなじだった。百ちゃんが言うンなら最悪の事態にはならないんだろうなア、とかわたしはヤッパリ楽観的に考えている。百ちゃんの美しい横顔が涼しげに世間を見下していた。


        セーラー服と歩兵銃


 教室の片隅で行われる打ち合わせにわたしは当然参加権が無い。余った委員会に所属して部活動はしていない、わたしのような一般生は教師からの目にも留まらず四十余人の教室内でも極力息を潜めて、いていない者のように過ごす他無いのである。
 ソレを諦め混じりに受け容れていた矢先、わたしの人生が動き始めてしまった。

「尾形さんはミョウジさんの隣でいいかな」
「あっ、はい」

 百ちゃんが転校して来たのは二学期のことだった。
 小学校二年生まで同じクラスで、実のお父さんとお母さんの事情があって急にいなくなってしまった。そのままわたしの記憶からも消え掛けていた物静かな花沢百ちゃんは、帰って来た今苗字と一緒に態度まで風変わりしている。放課後の放送で「二年◯組の尾形、すぐに職員室に来るように」と言い付けられるのはもはや時報だ。百ちゃんは残念なことに素行不良の悪童になっていた。

「ミョウジさん、またオトモダチが呼ばれてるけど迎えに行かなくていいの?」
「あ……うん」

 そしてその百ちゃんを、職員用駐車場とか、中庭とか、三階の女子トイレとかから引っ張って連行するのがわたしの日常になってしまった。百ちゃんがあまりにわたしに懐くものだから、わたしは教室どころか、学校中からあんまり触っちゃいけない人みたいに扱われている。結構きつい。
 なのに百ちゃんは迎えに行った先で(人の気も知らずに)涼しげにタバコを吹かしているのだ。この学校の先生達は採用面接の段階で喫煙者か否か、ついでに年下の女の子が好きか嫌いかとかを問われるので必要以上に火災報知器が設置されていない。世の中間違っている。最近の女子高生は平気な顔をして紫煙を漂わせるのだ。

「百ちゃん、放送聞いた? 職員室行こうよ」
「めんどくせえ」
「いいから行こうよ。百ちゃん連れてかないとわたしが怒られちゃうし」

 香水持ってるから。差し出すと百ちゃんは素直に全身に振ってくれた。この学校って結構偏差値極端だから、アホクラスに行けば行くほど匂いがキツくなるんだよな。わたしの教室は優秀な方だからよかったのに、百ちゃんのせいで台無しだ。
 それでも百ちゃんのこと、面倒とは思っても嫌いではないのだ。この子がいてくれたおかげで小学生の時結構楽しかったし。まあ転校してから一回も連絡取ってなかったあたりそれまでの友達なんだけど、いかんせんわたしには友人がいない。

「終わったらすぐ靴箱に来てね。待ってるから」
「ああ」

 まるでヤクザ屋さんみたいなゆらりとした足取りで百ちゃんは職員室に消えていった。こう見えて彼女は、きちんとわたしの話を聞いてくれている。あーあ、めんどくさい。スマホ隠し持って来てなかったら三分も待てる気がしない(うちの学校は結構校則が厳しくて、親が死ぬかも以外で通信機の持ち込みが許されていないのだ)(まあ当然有名無実化してる校則なんだけど)。
 わたしは結構、どうしようもなく生活している。お母さんとか継父とかわたしに興味無いし、わたしも他人とかどうでもいいし。って思ってた割にはちゃんと百ちゃんのお世話係してるんだからわたしもきちんと人間なのかもしれない。二十分ぐらいして百ちゃんがヤッパリ気怠そうに靴箱に現れた。





「なあ、ナマエ。お前モテるだろ」
「塾の男の子からはこの前告白された」
「ははっ、物好きもいたもんだな」

 一瞬で矛盾する百ちゃんに口答えする気概は最早無い。百ちゃん、わたしに意見を求める割には全部否定するんだ。今まで優等生やってきてたからソレが新鮮でもあるんだけど。
 中途半端な都市街で、唯一他人の視線を感じない場所がある。この公営住宅が擁立する公園で、百ちゃんはヤッパリ煙草を吹かしながらわたしを蔑んだ。

「オヤジ狩り」
「最近はパパ活って言うんだって」
「やったことあんのか?」
「無いけど」

 百ちゃんは最近目上の男性を誑し込むことにご執心らしい。実際に、何人か社会的地位にある人をホテルに連れ込んで、シャワーを浴びている最中にお財布の中身をゴッソリ抜き取ったことならば聞いている。お母さんが育児放棄してるから、そのお金を食費とか学費に充ててるんだって。可哀想だなアって思うけどわたしには関係無いから世間話のひとつとして聞いている。
 彼女は今まで頑なに一人でこなしてきた経験を面白おかしく語り出す。その武勇伝をわたしは右から左に流している。次に彼女は間違いなく「お前もやれ」って言うから。波風を立てたくないわたしはどうやってやり過ごすものかを考えていた。

「ナマエも協力しろ」
「えー」
「ナマエの事だけは信じてたんだが」
「えー……あー、うん。引っ掛けるのめんどいからお願いしてもいい?」
「そう言うと思ってもう連絡取ってやってんだぜ」

 って言いながら百ちゃんが型落ちスマホの画面を押し付けた。月島基、なんか珍しい名前が「女子高生ちゃん」からの連絡を待っている。

「え、行動早すぎてキモい」
「俺はコイツの上司と会うから頼んだぞ」
「もしかして今から?」
「察しが良くて助かる」

 まるでゲームの裏技を話すように、百ちゃんは手口のすべてを口頭で教えてくれた。第一に無知な女子高生のフリをすること。第二に自分は処女だと強調すること。第三に部活の顧問の横暴に辟易していると愚痴ること。第四に、親との、特に父親との関係が上手くいっていない旨をでっちあげること。
 月島さんとのやり取りは結構長いようだ。その中で件の、家庭環境とかストレスに関わるやり取りがチラリと見えた。あーあ、わたし、別に無知でも無いし処女でも無いし、部活は入ってないしお義父さんとは他人だから上手く行くも何も無いんだけど忠言されたキャラクターを演じなきゃいけないんだなア。めんどくさい。だけど報酬として少なくとも五万円は見込めるらしい。それだけあったら大好きなブランドのマフラーと香水を買えそうだからもういいやって思って了承した。

「ああ、最後にもう一つ約束があるんだが……」

 そして最も大切な約束事を百ちゃんがいとも面白そうに口にする。
 本当は、わたしは、百ちゃんの言う「裏技」に興味があっただけなんだ。小学生の時も、別に普通にやってたらクリアーできるゲームの裏技を彼女から聞いていた。真面目腐ったわたしが悪いことをしている、今も昔もソレが百ちゃんと仲良くなったキッカケなのだ。

「失敗したらどうするの?」
「ナマエに限って失敗するわけねえだろ。今アカウント変えるって伝えたからじきにコイツから連絡が来る。上手くやれよ」
「はーい」

 信頼ってこういうのにも適用されるんだなーって思ったら結構面白かった。月島さんからすぐに着信が入る。約束通り先にホテルに行っているらしい。ラブホってまだ行ったことなかったからちょっと緊張するかもしれない。
 百ちゃんは百ちゃんで上司サンとの約束に向けてすぐに公園を出て行った。めんどくさいって思ってたけどチョットだけ面白いかもしれない。月島さんに「タクシーだったらすぐに着くんですけどお金がなくて」ってメッセージを送った。金なら払うとすぐに返信が来る。あー、男の人ってこんなに単純なんだ。面白いかも。





 結局わたしには才能があったみたいで、月島さんを初めに次は牛山さん、菊田さん、谷垣さんに宇佐美さん、次から次にお財布の中身を盗って贅沢の限りを尽くしている。一方の百ちゃんも鶴見さんとか和田さんとか、随分歳の行った男性を騙せているようでわたし達はチョットした富豪になっていた。

「ナマエ、ちゃんと約束守ってるか?」
「守ってるよ。あ、今日塾あるから先に帰るね」
「分かってるなら構わん」

 このアルバイトをやるに当たって取り決めた約束の最後の一個、連絡を取っている間はミョウジナマエではなく「花沢百子」であること。
 だからわたしは一応、百ちゃんが何をしたいか分かっているつもりだ。多分この子は、自分のお父さんの評判を下げたいんだろう。花沢っていそうでいない苗字だし、百ちゃんはお父さん似だって聞くし。わたしと百ちゃんは背丈も目の形も声も性格も何一つとして似通っていないけれど、短期間にパパ活詐欺をする「花沢百子」の都市伝説にはそういう似つかわしくない要素も含めて打ってつけだと思う。

「この前なんてプリントに花沢百、まで書いちゃったし」
「そうか。少しは気を付けろ」

 百ちゃんは今日鯉登さんって人に接触するらしい。その人は大卒後すぐの歳だから、最初の頃に会ってた土方さんより半世紀ぐらい遡っていてなんだか面白いなーって思った。ソレと同時に、わたしにだけ心を開いてくれている(であろう)百ちゃんがどんどん遠くなっている気がして淋しかった。





「危ない目には遭ってねえよな?」
「全然? わたし才能あるのかも」
「それならいい」

 安心したみたいに笑いながら百ちゃんがタバコに火を点ける。わたし達の秘密基地みたいになっているこの公園は、確かに人通りは少ないんだけどやめて欲しい。

「百ちゃん、タバコ吸ってるのわざとでしょ」
「自然に吸う奴があるか」
「そういうのじゃなくて、百ちゃん元々そんな子じゃなかったから」
「そうか」
「あと俺っていうの、結構不自然」

 いろんなことがあったって聞いたけれど、わたしの知ってる百ちゃんは結構ちゃんとしていたはずなんだ。タバコを持つ指先はぎこちなく、たまに咽せている。理由とか聞かなくてもわかるけど、これ以上彼女の肺を傷付けたくないからここらで白状させることにする。
 わたしの予想では百ちゃんは「さすがナマエはよく見てるな」とか言って頭でも撫でてくれるものだったけど、彼女は、鼻で笑った後に大きな溜息と一緒に煙を吐き出した。

「お前には関係無え」
「あるよ。共犯者だし」
「……どうせ気付いてんだろ」
「うん」

 自分が悪い人間になったらお父さんの顔に泥を塗れるって思ってるんだ、この子は。案外可愛いところあるよなア、そんな回りくどいことしないでいっそ殺しちゃったらいいのに。現実的じゃないけど。
 実際、百ちゃんがどんなに悪ぶっても頭を下げるのは尾形家のおばあちゃんだけで、花沢百子を名乗ってもお父さんの名前に傷は付かない。わたしでも気付いてるんだから百ちゃんもわかっているはずなのだ。

「やり方変えた方がいいんじゃないの? 一緒に考えようよ」
「いい」
「百ちゃんって結構頑固だよねー。変なの」

 わたしみたいな軽薄な人間がどんなに彼女の気持ちを考えても分かるわけないから、変に難しい話になる前に切り上げることにした。百ちゃんがタバコの煙を植え込みに吹き掛ける。毒を吸った花ってちゃんと咲くんだろうか。





「ナマエ、今日で終わりだ」
「え? わたしまだ欲しい服あるのに」
「終わりだ。最後は俺が行く」

 百ちゃんの型落ちスマホは画面がバキバキに割れている。だから当然覗き見防止のフィルムとか貼られているはずもなく、ちょっと視線を送ったらメッセージの内容が見えてしまった。
 花沢勇作、彼の名前はなんとなく知っている。百ちゃんの弟で、腹違いでどうとか、そのせいでお父さんとお母さんの仲が悪くなってこの子は尾形になっちゃったんだって噂話を聞いたことがある。

「お父……幸次郎さんには会ったの?」
「必要無え」
「わたし代わろっか。勇作くん、わたしの顔覚えてないだろうし」
「これでいい」
「嘘ばっかり」
「いい」
「百ちゃんってやっぱり頑固だよね。めんどくさーい」
「何とでも言え」

 オヤジ狩りだ。って意気揚々と吹かしていたときの百ちゃんはもういない。わたし、何やってたんだろ。マフラーと香水だけじゃなくてアクセサリーとかバッグとか服とか、好きなブランドで固めたのにすっごく空虚な気持ちだった。百ちゃんは最初っからわたしのことを頼っていたのにわたしは百ちゃんを蔑ろにしていたんだ。
 だからこの子はここぞって時にわたしを頼ってくれない。そろそろ時間だって言って百ちゃんが男子校の方向に去っていく。一個下の男の子、頭も顔も良いからうちの学校まで名前が轟くその人のところに今から百ちゃんが赴くのだ。

「なんか嫌なことあったら話ぐらいなら聞くよ」
「必要無い」
「さっきわかったんだけど、わたし百ちゃんに必要とされたかったのかも」
「……へえ」

 夕焼け空に百ちゃんの身体が透けて行く。追いかけたら間に合うかもしれないけど、そうしたら嫌だって拒絶されそうなのでわたしは根でも這ったみたいに校門に立ち竦んでいた。まア、結構律儀な百ちゃんのことだから明日ぐらいには何がどうなったとか話してくれるだろう。





 翌日の校内放送でも尾形百子の名前が呼ばれている。ただちに職員室に来なさい。コレはアレだ、美術の時間をサボってコンビニに行っていた件だろう。
 自分勝手を極める猫みたいな彼女が未だにこの私立女子校を退学にならないのには理由がある。百ちゃんのお父さんは大企業のお偉いさんで、ソコに勤める前には天皇陛下から勲章とか貰っていたらしい。そんな称号、学校法人のどのお偉いさんも賜っていないので百ちゃんの行動は全部注意こそあれど処分に至っていない。

「呼ばれてたよ」
「ああ」
「この前の話、後で話聞かせてよ」
「ああ」

 百ちゃんは何百回目ぐらいかの職員室に吸い込まれていった。可哀想だなアって思ったのは恵まれているわたしの傲慢だ。わたしがもし彼女の立場だったらどうしたんだろう。
 百ちゃんはいっつも満たされないみたいな顔をしていた。昔に、小学生の時に話していた折と全く変わらない顔付きだ。百ちゃん、多分あれから今までイッパイ苦労をしたんだろう。わたしがありふれた生活をしているさながら受けていた罵詈雑言とか不条理とか、考えても想像に及ばないので頭を空にしようと思う。百ちゃん、今どんな種類のお小言を受けてるんだろう。前までのわたしだったらそんなの関係無いで済ませていたけれど、今、この時についてはその限りでない。
 わたしは多分、再会の時点でオカシクなっていたんだ。わたしのコトナカレ主義とか全部知った上で百ちゃんはミョウジナマエと仲良くしてくれていた。全部あるから満たされない気持ちと、全部無いから充足しない自分を重ねていたんだろう。わたしについても全くおんなじで、わたしは百ちゃんが、つまるところ気掛かりなのだ。

「ナマエちゃん、この後買い物行かない?」
「ごめんね、今日は用事あるから。またね」

 高い持ち物を装備するようになってからか、いつしかスクールカースト上位の女の子達もわたしを異端視しないようになっていた。ストレスフリーな同級生との関係よりもわたしは百ちゃんとのギクシャクした間柄が心地好い。百ちゃんが靴箱に戻ってきたのは陽も落ちた数時間後のことだった。





「次やれば退学だと。やり過ぎた」
「ログだっけ、残るんだって。お手紙とかにしてたらよかったのに」
「もっと早く言え」

 いつも以上に真っ黒な目玉はわたしを見てくれない。この、どれぐらいかわかんないけど長い期間で百ちゃんはわたしと前よりも仲良くなってくれたものだと思っていた。当然ソレは都合の善い解釈で、彼女はヤッパリわたしに壁を作っている。

「月島さんね、絶倫だった」
「そうか」
「牛山さんはオンナだったら誰でも良いって」
「へえ」
「道具使うプレイが好きって菊田さん言ってたよ」
「気色悪いな」
「谷垣さんは奥さんがいて宇佐美さんはほんとは年下の女の子じゃ興奮しないって」
「苦労掛けたな」

 百ちゃんの目は黒く、何も話さないまんま家に帰りたいんだって分かる。けれどわたしはデリカシーとか、思いやりとか無いから百ちゃんに思っていることを話してしまう。

「ねエ、百ちゃんはどうだった?」
「……別に」

 って言いながら百ちゃんが型落ちスマホの画面を見せる。「次はいつ会えますか」懇願するような勇作くんのメッセージは十日以上前に受信したものだった。

「ナマエのことを利用してた」
「えー、知らなかった」
「嘘を吐くな」

 まだ学校の敷地内なのに百ちゃんはお構い無くタバコに火を点けた。甘い、甘いその香りが小学生の時分を思い起こさせる。あの頃のこの子も、お父さんが喫煙者だからっていっつも上着から同じにおいを漂わせていた。

「ナマエ、明日から話し掛けねえから」
「それは嫌かも」
「お前の為だ」

 わたしって結構恵まれている人間だ。お父さんもお母さんもわたしの為にお金使ってくれるし、前まで空気だったけど最近は他の友達も出来たし、塾のおかげで成績も上がっている。顔だってイッパイの社会人を誑し込める程度には整っていて黙っていたら良い子に見える。
 ソレと真逆の(いや顔だけ見たら百ちゃんはモデルさんかよーって感じのお嬢さんなんだけど)彼女のことを、転校して来るまで忘れていたのは置いておいて、今一番大切に思っている。

「ねエ、百ちゃん。男は一生分手玉に取ったでしょ? 次はわたしで鬱憤晴らしていいよ」

 時間が止まったように、百ちゃんの真っ黒い目玉がわたしを見据えた。この様子だと当初の目的だったお父さんへの復讐みたいのが失敗に終わったんだろう(勇作くんは最後まで百ちゃんが自分の家族だって気が付かなかったんだろうな。似てるらしいのに)。
 真っ暗な靴箱から百ちゃんは自分のかどうだかわかんない運動靴を、地面に叩き付けた。パーンって、乾いた音が空間に響く。靴、先に履いててよかった。百ちゃんが校門に向かって歩き出す。

「お前、俺なんかでいいのかよ」
「もうちょっと女の子らしいか男に振り切ってたら嬉しいかも」
「……そうか」

 って言いながら百ちゃんはタバコを校庭に投げ捨てて、空いた指先でわたしの手を取った。そのてのひらがあまりに汗ばんでいたから笑ってしまう。
 わたしも一生分の男遊びをしたので、残りの人生は百ちゃんに捧げてもいいかなって思った。彼女は相変わらず空虚に笑っている。何年か何十年かして、このバカ正直な子のすべてになれたらいいやって思ったのでわたしも笑った。


back
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -