短編 | ナノ

「尾形、膝枕してよ」
「あ? しょうがねえな」
「……そんな鋭角の膝枕初めて見た」

 行儀も態度も悪い尾形はカーペットに寝そべったまま雑に膝を持ち上げた。普通膝枕っていうのはソファに座ったり胡座をかいたりするものなのに直角を差し出す奴があるか。
 仕方が無いから座椅子にもたれるわたしの首根っこを尾形が雑に摘まみ上げる。「摘まみ上げる」とは比喩表現であり、實のところは部屋着の襟首が伸びるばかりであった。

「なに」
「膝枕」
「それはもういい。あ、ビデオ返した?」
「ビデオってお前、ばばあかよ」

 何がババアだ。わたしと尾形は同い年で( しかし尾形はわたしより誕生日が遅いので数十日程度若輩者である )意味が通らないでもあるまいし、そのクセせせら笑う姿に当然苛立ってしまう。ここで何かを吹っ掛けたら負けであるとは宇佐美の言葉だ。百之助って他人との距離感知らないんだよ。宇佐美こそ対人関係が良好とは言い難いのだが、その持論には頷けるところがあるのでわたしはいつも言葉を飲み込んでいる。
 結局尾形の当初の思惑通り、わたしは、その鋭く突き立てられた膝の……ちょうど足首辺りに頭を置いた。斜め上を片目で覗くと奴はいかにも不機嫌そうな面でわたしを睨み付けている。誰が頂点に頭を置くものか。

「そこは膝じゃねえ」
「膝枕って実際は太もも枕だよね」
「まあ確かに」
「尾形にしては物分かりいいのー」

 思い直したのか尾形は足を延ばし、これならどうだと言わんばかりに太ももを差し出して見せた。頭を乗せる。硬い。固い。鉄壁だ。ただの会社員のくせにどこでどう鍛えたのか、この男は下半身にドッシリと筋肉を蓄えているのである。
 車を買うまでは自転車で片道四十分を通勤していた逸話を思い出した。雨の日も風の日も、猛暑日も積雪危険な二月にも、尾形は毎日涼しそうな顔をしてマウンテンバイクを漕いでいた。自家用車を購入してからというもののメッキリ見かけなくなった自転車は杉元くんの自宅アパート駐輪場で紛失したと聞く。ソレからもう二年程度経つと云うのに、相変わらずこの筋肉は強直が過ぎる。

「痛いんだけど」
「そうか」
「そうかじゃなくて、もう寝てもいい?」
「あ? ビデオ返しに行くんだろ」

 ズルリと尾形の膝が身体ごと離れて行った。奴は気怠そうに立ち上がってプレイステイションからブルーレイディスクを抜き取って、任侠映画をケースに収める。
 家から程近いレンタルショップの返却口に行くのは気怠いが、その時の尾形の表情が、どことなく年不相応に楽し気に見えたからわたしも立ち上がった。尾形は満足そうに家の鍵をポケットに突っ込んで「延滞料金はナマエ持ちな」と笑った。


20200614

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