短編 | ナノ

 丁度気になっていたことがあったので資料室に寄ってみると、ハザマ大尉がヴァーミリオン少尉の上に覆いかぶさっていた。うわあ、いやなもの見たなあ。粘着質な音があまりにも大きいから、ドアを開けた雑音なんてお盛んな彼と彼女の耳には入らなかっただろう。自分に言い聞かせて廊下を走る。誰も追いかけて来なかった。

「どちら様ですかー……」

 何日も経って、ソンナ事も忘れかけていた時分だった。早朝の女子寮に上官が青い顔をして訪ねてきた。

「あなた、何したのよ」
「え? 何って……はい?」
「ハザマ大尉がお呼びだから、朝礼が終わったらすぐに執務室へ行くこと! くれぐれも失礼のないように」

 今日の朝ごはんはなんだろう、呑気に考える傍ら血の気は絶え間なく引いていっている。寝ぼけた頭にも分かった。ハザマ大尉はあのときしっかり勘付いていたのだ(後頭部に目があるとでもいうんだろうか)。
 それからは二度寝する気も起きず、かといってすることも無いのでノートを破いてひたすら鶴を折っていた。段々数をこなすよりいかに小さな鶴をこさえられるかに挑戦していきたくなり、貨幣の上に乗るサイズが完成したのでこれを手土産になんとか穏便に済ませてもらおうと思う。朝礼には遅刻した。




「おはようございます、ミョウジ曹長。よく眠れましたか?」
「え、あ、あの……、これ鶴です! お納めください!」
「どこに鶴がいると仰るんですか。賄賂にしては馬鹿にして……あ、器用なもんですね」

 やたら大きな机越しのハザマ大尉はにこにこと笑っていた。この人のことは良く知らないけれど、これだけ笑っているということはわたしの思い過ごしだったのだろう。
 風で飛ばないようにそっとコインごと机の端に置いて、帰ろうと敬礼をし直すとハザマ大尉は立ち上がった。男の人って背が高いなあ。

「で、どこまで見ていたんです?」

 うわあ、やっぱり全部バレてるー。そうじゃないとわたしみたいな下っ端が呼ばれるわけがないんだけれど。肩に手を置いて屈まれる。ハザマ大尉の薄荷みたいな吐息が耳元にかかって寒気がした。

「誰にも言いませんので……」
「いいんですよ。ヤヨイ中尉も笑ってましたし」
「ヴァーミリオン少……あれ?」
「あ、もしかして違いました? いやあ、これは参りました」

 もしかしてこの人は色んなところで女の人を食い荒らしているんだろうか。そういう目で見てしまったら確かに悪い人に思えてくる。あからさまな悪人面というか、怒ると怖いと言うか。

「ところで貴女も中々可愛らしいですね。どうです? お近付きの証に食事でも」
「パワーハラスメントです!」
「心外ですね。私はただミョウジ曹長の誤解をときたいだけだというのに。上に訴えるんでしたら結構ですよ? ただその場合、貴女はさむーい都市で一生を終えるかもしれませんがね」

 ああ、もう、こんなことだったら知識欲なんて持たなければよかった。泣きそうになりながら頷くとハザマ大尉は満足げに後ろに回った。ガチャリ、鍵のかけられる音がする。

「どうせお互い暇なんですから、少しお茶でもしませんか? ナナヤ少尉からいい紅茶と茶菓子を頂いたんですよ」
「よ、よろこんで……!」

 腰に腕を回される。きっと皆おどされているんだ。


8:08 2014/02/19

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