短編 | ナノ

 簡単に終わってしまう世界の方にも問題があるのだ。
 その証拠にわたしの服は少しの泥にも汚れていないし、マバタキだって通例よろしく4秒に一度出来ている。意識さえしなければ呼吸も同じく4秒に一存、わたしはどこまでも平均的であるのに世界だけが慣習に倣わない。更地の魔女に耕されたような実家前の殺風景とか、青くも赤くも無い不用意な空の色とか、見ながら、世界はほんとうに終わってしまったんだなアと回想している。第一回、終わった世界にて。

 資材置き場は風通しが悪いので、いつもジャンケンに負けた人間が二人一組で赴いて段箱や何某を都合していた。残念なことに、わたしはいつも最初にパーを出してしまうらしい。六人ばかしの部署内で、いっつも、わたしとこの上司ばかりが選ばれて建物隅の、地下八十七階の、ココで溜息を吐いていた。

「ハザマさんって勝負ごとに弱いですよね」
「ミョウジさん程ではありません。さっさとソレ、持ってください」
「重い物持たせるとかパワハラです」

 本当にこの人は常識が無いのにどうしてわたしよりも位が上なのだろうか。自分ばっかりガムテープとか蝶番とか、ポケットサイズを物色してわたしだけが割を食っている。広げた両腕には次から次へと視界が無くなるまで段ボールを積み上げられ、その様は賽の河原を彷彿とさせた( 積み重ねるだけ重ねさせて呆気無くも鬼に崩されてしまうのである )( 伝承の通り段ボールはバラバラとコンクリートに舞った )。
 厭厭ハザマさんは、一つずつ拾い上げながらイッソウ大きな溜息を漏らした。その態度を見せつけてやりたいのはわたしの方である。「あの」ソコソコ大きな声が崩れる厚紙をき集める雑音に紛れていく。「あの」もう一度口を開いたとき、ハザマさんは虚無を見据えるような表情をしていた。

「私が未来を知っている話はしましたっけ」
「え、やめてくださいよ……病院行きます?」
「そうでした。今のミョウジさんにはお話ししておりませんでしたね」

 拾い集めた紙の上に彼は座り込み優雅に足を組んでいる。掲げた両腕を所在無く取り下げたわたしの気持ちも知らず、あたかも幼少期を回想するかのように彼は遠くを見詰めて語り出した。
 その声があまりに穏やかなものなので、わたしは、無碍にも出来ずにその場に体育座りをした。こんな姿勢士官学校以来である。頭一つ分高いハザマさんはどうしたって本物の上官で、染み込んだ下っ端根性が反発を許さなかった。

第一回、終わった世界にて

「この年末に世界が終わります」
「はあ」
「わたくしにとっては次への取っ掛りに過ぎませんが、ミョウジさんのような凡人にとっては終末なのです」

 シュウマツ、金曜日が身近なわたしにとっては当然聞き覚えの無い単語である。終末。ジ・エンド、アポカリプスを語るにはこの情景はいささか俗臭が過ぎる。
 しかしながらハザマさんは、いつもは見せない金色の瞳孔を存分に光らせいやに挑発的に「いかにして世界が終わるのか」を語っていた。最下層の窯の付近で、指名手配犯が人工物と接触し黒き獣に、といったところでわたしは耐え切られずに噴出した。アハハハハ、一度漏れ出てしまえば留まるところを知らない大笑いが資材置き場に反響する。ハザマさんはうんざりしたような顔でわたしを眺めていた。

「アハハハ、だったらどうして、わたしなんかに言うんですか。ソレも今!」
「タイミングを計るためにパーを出していたのですが」
「ジャンケンが弱いのをソンナ妄言で片付けないでください。だって、ホントだとしてわたしに話す価値ってありませんよね」

 もし救いたいのであればわたしではなくもっとズット大切な人だとか( それは家族である方が良い。わたしは心のドコかでハザマさんに恋人がいなければいいなーと思っている )重篤な上司に伝えるべきである。しかしながらハザマさんは、わたしを( おそらく )敢えて選んで語っている。
 同期の中で彼を思い慕っている人間は掃いて捨てる程いる中、現状に優越感を覚えないことも無かった。ただわたしの中のハザマさんはひどく現実的で、ニヒリストで、とりあえずは妄言を吐かない人間であったので笑い飛ばしてしまったのだ。
 黒いスーツが立ち上がり資材をまとめて部署に戻るまで、彼は何ンとも痛ましい顔をしていた。普段は釣り上がった口端が心許無く震える様まではこの時のわたしは見えていなかったのである。ハザマさんは、部署の扉の前で「それでは」といやに耳に障る言葉を並べて業務に戻ってしまった。

第一回、終わった世界にて

 そうしてわたしは世界に批判を述べている。
 ハザマさんの言った通り世界は年始を迎えられずに終わってしまった。わたしは、最後の瞬間を心底では意識していたせいで生き延びているのだろう。気色の悪い酸素の臭いや草の枯れ焦げた情景から一歩も動くことが出来ない。
 キット、ハザマさんが( 多分 )わたしにだけ伝えたことには意味があった。世界が終わるのならば最果てまで共に逃げましょうとか、ソノ提案まで聞き取らなかったわたしに非があるのだ。
 わたしにとっては第一回の、終わった世界で延々途方に暮れている。ハザマさんも跡形も無くいなくなってしまったようだ。次第に地平線の奥から黒い塊のような、肉食獣のような、奇妙なケダモノが近付いて来て、第二回では何卒彼と逃げ惑いたいものだと思った( 続く? )



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