短編 | ナノ

※喘ぎ声に濁音混じっているし長い



「頼む、ナマエ。一回だけだ! これで最後にするから」
「この前も同じこと言ってましたけど……」

 尾形さんとは大学からの付き合いだけど、彼はあの頃から随分丸くなった。人の二、三人殺していそうな風貌こそ変わらないものの比較的喋舌るようになって、たまに冗談も言って、こんなのあの頃の誰に話しても信じてもらえないんだろう。

「その大好きなセフレさんに相手してもらってくださいよ」
「あー付き合いてえ。俺だったら絶対幸せにしてやんのに」
「セフレから恋人になんて昇格できるわけないじゃないですか」
「だからこうしてキズの舐め合いしてんだろ」

 それからわたしと尾形さんの関係もまた誰も信じないはずだ。社会人になって、たまたま近所に住んでいるのがわかったのでこうやって週に三回ぐらい二人でお酒を飲んでいる。それだけに留まらずあろうことか何回かセックスもした。
 わたしと尾形さんは別々の人に恋している。割り切った関係は今の自分に潔くって、きっと彼も同じことを感じているんだろう。ヤりたいと頼んだかと思えば次の瞬間にはこの調子だ。

「ナマエも嫌じゃねえんだろ? 俺達、結構相性良いんだよ」
「全部演技なので勘違いしないでください。尾形さん早くソレ飲んで」
「減るもんじゃねえし、どうせお互い独り身じゃねえか」
「一緒にしないでください」

 別に尾形さんのことは尊敬しているわけでも大切に思っているわけでもない。ただの友達で、だけど二歳年上だから敬語を使ってやってるだけだ。
 人は大抵、耳と目から貰った情報に流されるのでキット尾形さんはわたしより偉くなった気になっているのだ。最初にヤッてしまった時彼はわたしを奴隷みたいに扱った。その次もまた次も、陸上ではいやに下手に出るくせに一度寝転んで仕舞えばソノ調子だ。

「シラフで同じこと言えるんだったらまだしも、もうそういうの嫌なんですよ」
「杉元から誘われたらすぐに乗るくせに」
「あーもう佐一くんの話はやめてください」

 尾形さんはなんていうか、姑息なので面倒くさいんだ。それからわたしも結構狡猾だ。大体、二人きりで家で飲んで何も起こらない筈がない。
 ソレを解って誘った後ろめたさのせいで最初の何回かは断れなかったけれどいよいよ潮時だ。別れても身体だけは離れてくれない佐一くんに、わたしはこの期に及んで操を立てていた。バカみたい。いいや馬鹿だ。尾形さんの手口は雑だけど巧妙である。

「わたし帰りますけど、尾形さん明日仕事ですか? 歩けます?」
「休み。立てねえ、ちょっとだけ仮眠取らせてくれ」
「……、………まあ、いいですけど」

 佐一くんの話さえ出せばヤレると、尾形さんに刷り込まれているんだろう。条件反射っていうか、尾形さんは単純な動物みたいな人だった。ただの畜生ならばまだ許されるけれど彼は悪い大人である。
 わざとっぽく足取りをフラつかせる彼が実は正気で、特に酔ってもいなくて、思い通りに笑っているのをわたしは知っている。馬鹿だ。わたしは、尾形さんのことナンテ少しも気にならないのに彼の低い体温を服越しに感じるだけで頭が霞んでくる。





 尾形さんはまア思った通りセックスが上手い。大学の頃からアイツと二人になったら誑し込まれると有名だっただけあって、いとも簡単に人の理性を吹き飛ばす。
 部屋に着くなりベッドに蹴飛ばされた。今日のわたしも、いつもみたいにされるがままでいる。勢い余って壁に頭をぶつけた様を尾形さんは笑っている、乱れた髪が艶っぽくて、わざとらしく充血した白目はケダモノのようだ。ゆっくりと、勿体振って尾形さんがベッドに上がり込む。仰向けを保ったわたしは犯される為に両手を上げた。尾形さんの大きなてのひらがわたしの手首を束ねている。

「ナマエは可愛いな。杉元にはもったいねえ」
「何言っても好きにはなりませんから」
「アイツの中古なんざこっちから願い下げだ」

 とか言いながらその中古品に頭を下げたのはドコの誰だ。白熱灯は煌々と部屋を照らしていて、影になった尾形さんだけが宵闇の中にいる。眩しい、お願いすると尾形さんはいつも、大層不満そうに電気を消してくれる。
 荒っぽい尾形さんの、キシリトール味の吐息が顔に掛かって髪を揺らすから不愉快だ。両手を奪われてわたしは鼻先を掻くこともできない。いつかそのままクシャミをして殴られた。尾形さんは佐一くんと違ってセックス中に暴力を振う。

「お前に名前書いたら俺の便器になってくれるか?」
「絶対に嫌です。骨折じゃ済みそうにありませんし」
「鞄」
「え?」

 不満そうに尾形さんが指した先にブリーフケースが棄てられている。いつ見たって真新しい、黒革は丁寧に手入れされていてカーテン奥から覗き込む街明かりに光沢を反射させていた。
 自分の物は傷付けないという尾形くんなりのアピールなんだろうか。だとして少しも嬉しくない。どの道ソレみたいに、雑に放られるのが目に見えている。

「油性ペンとかねえの?」
「ありませんよ」
「じゃあ包丁でいい。百之助、って刻んでやるよ」
「死んでも嫌」
「あいつなら彫らせんのか?」
「佐一くんは、そういうことしないから」

 何の気に障ったのか尾形くんは眉間に皺を寄せて、ソレから鎖骨に噛み付いた。筋につっかえていつも以上に痛み出す。呻き声を上げてしまうと調子に乗らせてしまうので声だけはヤット抑えられた。

「その、絶対大切にするっていう好きなセフレの子にも同じことしてるんですか? 嫌われますよ」
「お前だけだ」
「最低。やっぱり帰ってください」
「死んでも嫌」
「……真似しないでください」

 初めてやらかしてしまった夜に、彼は実は好きな人がいるのだと話し始めた。大学の頃からずーっと気になっていて、けれどその人は他の男のことしか見えていないんだって。普通ピロートークで他の女の話をするだろうか。
 わたしは佐一くんのことを突かれたら胸が苦しくなるのに一方尾形さんは愉快そうに笑っている。丸くなったって言っても尾形さんは尾形さんで、笑顔は末恐ろしく奥歯が鳴る。キット彼は今良くないことを考えている。

「15分」
「え?」
「賭けだ。さっき全部演技だってさっき言ってたよな? なら涼しい顔して見せろよ。どうせすぐアンアン喘ぎ出すんだろうがな」
「でき……ますよ。尾形さんが傷付くと悲しいからやってただけですし」
「言ったな」

 ニヤリと、尾形さんが笑っている。15分ナンテ繁忙期ならあっという間だしその間声を荒げなければいいだけの話なんだ。キット、わたしが本当に何にも感じなければ尾形さんは自信を喪って二度とこういうことを持ち掛けない。
 わたしは尾形さんとあくまで仲の良い友人でいたいのだ。頷くと彼はたいそう満足そうに笑った。過程を吹き飛ばしてわたしのスカートに手が掛けられる。衣服を着たままの女の人とセックスしていると、あたかも強姦しているような気がして興奮するんだって尾形さんは話していた。
 ネクタイを緩める片腕がひどく劣情を煽ってくる。女なんて所詮は孕む為に出来ている、自然の摂理みたいに下着が濡れていて、尾形さんが満足そうに笑った。





「暇なんだろ? スマホでもいじってろよ」
「ぅ、あ、そうです、ね……ッ」

 侮っていた。
 15分ナンテあっという間だと、思っていたのにまだ2分と経っていない。尾形さんは耳を食んだり首筋を噛んだり、ソレから乳首を触るような前戯をしないでいきなり指を突っ込んだ。痛かったのは最初のほんの数十秒で、矢継ぎ早に絶頂感が押し寄せてくる。
 いつにも増して尾形さんは挑発的だ。ここ好きだよな、と言いながら指を折り曲げて、執拗にGスポットを突き立てる。指は多分、まだ一本しか入っていない。尾形さんの手は背丈に見合わず大きいからソレだけでも随分圧迫感がある。

「杉元はどうするのか教えてくれよ。不公平だろ」

 クリトリスを親指で押し潰しながら尾形さんが耳元で囁いた。佐一くんとは別れた後も会っていて都度セックスをしている。佐一くんの好きな人の名前をたまに呼ばれて、気まずくなるのはわたしだけなのだ。
 だから、すう、と高鳴った気持ちが沈んできた。尾形さんには絶対に話したくない。この人はすぐに人の真似事をする、もし今彼の残響を感じたらわたしは簡単に声を上げてしまう。

「不公平ッて、何がですか。尾形……さん、わたし勝ちます、から」
「そう言えば報酬決めてなかったな。何が良い?」
「二度と、わたしの前で佐一くんの話っ、しない、でくだ……さい!」

 三分三十秒、誰からも簡単に丸め込まれるわたしの身体が早速悲鳴を上げている。他のことを考えたくてスマートフォンに手を掛けた。ロック画面は顔を認識をしてくれない。今の自分は一体どこまで情けない面を晒しているんだろう。
 指先も震えてパスコードがうまく打ち込めない。こんな事なら機種変更ナンテしなかったらよかった。

「だったら俺も決めた。どうせ全身性感帯のクソザコナマエには勝てるから発表は後でも構わねえよな?」
「勝手に、してくださ…い」

 自分の身体を通して末尾が震える声は情けなく、尾形さんの言う通り全身がどうかしてしてしまったみたいに熱い。お腹を撫でられる指先にさえも悲鳴を上げてしまいそうで口を覆った。ソレを見て尾形さんは勝ち誇ったみたいに口端を釣り上げる。

「わざわざ声我慢してるフリまでご苦労なこったな。その演技、どこで覚えたんだ?」
「演技とかじゃ……いえ、演技です、男の人ってバカだから」
「杉元にも同じことしてんのか?」
「だからやめて、くださ……い゛っ!?」

 尾形くんの左手が振りかぶって、わたしの鳩尾に押し込められる。不必要に鍛えているんだから本気では無いんだろうけどアバラが軋むぐらい痛くって大きく呻き声が溢れた。
 痛い、くるしい、なのに鳩尾からどうしようもないぐらいの快感が広がっていく。尾形さんのせいでわたしはオカシクなってしまった。いつもこうやって、殴ったり首を締めたり噛み付いたりしながらきもちのいいことをされるから、気付いた時には条件反射ができあがっていたのだ。

「ナマエって殴ったら締まるよなあ」
「げほッ……痛い、だけです!」
「……ごめんな、怖かっただろ?」

 途端に尾形さんが優しく笑って指の動きが緩やかになる。ジットリとささやかに動かされて、楽になるかと思えば少しもソンナ様子はなかった。指が増える。ぎゅう、と、自分の中が収縮するのが憐れで仕方無い。

「俺は、ナマエと仲良くなりてえだけなんだよ」
「ヤりたい、だけのっ……くせに!」
「信じてくれって」

 尾形さんの頬が心許なく紅潮している。極めて優しく頭を撫でられて、ゆっくりゆっくりと奥を突かれた。なんだか、膣が浅くなっている気がする。普段なら触られるはずのない部分を蹂躙されている。
 ここにきてようやく唇が触れた。開きっぱなしの口に舌が入り込んで頭の内側から侵犯されている気分になる。尾形さんの舌は熱くって、指先は冷たい。目をつぶると多幸感でトんでしまいそうだ。

「ゆっくり、しないでぇ……」
「休憩だ。たまにはこう言うのも悪くねえだろ? まだ10分もあるんだ」

 中指と薬指が一緒になって子宮口を撫ぜる。人差し指で触れられたクリトリスは痛いぐらいに勃っていて、自分がなにか途方もなく淫靡な生き物であるのを叩き込まれる気持ちになった。所詮女は孕むだけの生き物だと、浅ましいぐらいに跳ねる身体が証明している。

「ぅ、あー……」
「ナマエ、自分の顔見てみるか? 惚けた面してやがるぜ」
「して、ません、ぜんぶ演技で」
「演技派女優、一回イッとけよ」
「こんな、へたくそでは、ちょっとも感じ……ない、れす」
「涎ダダ漏れでよく言うな」

 視界がボヤけていく。尾形さんのじんわりと低い声と、優しい手付きがわたしの悩みをぜんぶどうでもいいよって肯定してくれてるみたいで心地良い。佐一くんとちがって、尾形さんはわたしだけを見てわたしの名前を間違えずに呼んでくれる。
 薄闇に見える尾形さんは見たことがないぐらい穏やかに笑っていた。もう、負けてもいいかもしれない。時計の針の三分の二を残して自我が滑落していく。

「おがた、さん、負けまし……」
「そろそろ休憩終了な」
「え? ……え、いや、尾形さん!」

 霞んだ視界の焦点が重なっていく。冷たい目をした尾形さんの指が唐突に、子宮口をゴリゴリと抉り始めた。頭の中で何かがブチブチ千切れるみたいな音がする。いくら尾形さんが上手だからって、こんなのは初めてで身体と頭が追い付いていかない。

「やッ! まッ、まっでえ゛ッ」
「こんなとこ誰から開発されたんだ? あ? 言ってみろよ、ナマエ」
「っひ、ごめ、ごぇ、なひゃ……い゛っ!」
「聞こえなかったか? 誰とヤッたかって質問してんだ、ナマエちゃんよー」
「あ、い゛、〜〜ッ」

 散々慣らされた子宮が跳ね上がる。尾形さんの指が、強引にわたしの身体のよくない所を刺激して口から喘ぎ声とも断末魔とも付かない声が落ちていく。腰がガクガク震えて、許容量をとっくに超えた快感に髪を掻くわたしの腕は彼に簡単に制されてしまった。
 鼻と鼻を突き合わせて尾形さんが、誰なんだと繰り返す。あなたです、そう答えたら済むだけの話なのに知性が失くなった口が勝手に佐一くんの名前を呼んだ。あア、そっか。佐一くんも、何ンにも考えないであの人の名前を呼んでいたんだ。

「……こんな時まで杉元か。オイ、ド淫乱。お前の負けなんだから俺の命令聞けるよな?」
「ぎ、聞く、からぁ゛ッ! いっかい、待っ……!」
「あーあーもう何回イッてんのかわかんねえなあ。落ち着け、よ!」
「ぅぐっ!?」

 指を抜かれて両手が首を唐突に絞めた。尾形さんは、さっきとは打って変わって恐ろしい表情をしている。口許だけが笑って見せているけれど目線は血走っていて、糸切り歯がギリギリと噛み締められていた。怒っている、確実に。
 これまで仲良くしたいって思っていた先輩が途端に別の人間みたいに見えて拍動が止まりそうになった。尾形さんは、わたしが知っていた人じゃない。

「お前がコソコソ杉元と会ってんのは知ってんだよ。都合の良い時ばっか呼びやがって、俺はお前の何なんだ?」
「おが……さ、ん、死んじゃう……っ!」
「死んだら二度とアイツに会えねえってか? だったらここで殺してやるよ。どうせ見込みもねえんだしそっちの方が幸せだろ?」

 こんなはずじゃなかった。尾形さんと、くだらないゲームをして結局わたしが当然みたいに負けてしまって、適当に挿入して寝て起きていつもみたいに帰って行って、翌週には何ンにもなかったみたいにご飯を食べに行って、そのはずだったのに尾形さんはわたしをどうにかしようとしている。
 彼がわたしのことを好きだって、バカなわたしでも気が付いていたのだ。ただ自分の気持ちだけ整理が付かなくって、何かが起こるのをひたすら待っていた。

「尾形……さ、ん」
「俺は、ナマエの声でアイツの名前を聞きたくなかっただけなんだ。ナマエ、ちゃんと大切にするから、俺の事好きになってくれよ」

 締められた気道が緩んで咳と一緒に涙が溢れてくる。わたしは間違えなく最低な人間で尾形さんはずっと素直な人だった。さっきまで暴虐の限りを尽くしていた彼はわたしを優しく抱き上げて、いつになく正直に考えていることを吐露している。
 わたしだって、尾形さんがセフレのことを面白オカシク話すのが嫌だった。そのうちの一人に数えられるのが耐えられなくって拒絶していただけだった。この人はあくまで狡猾で、今まで闇雲に暴力を振るってきたのも全部この日の伏線なんだろう。

「ずっと好きだった。お前が杉元と別れたって聞いた時は嬉しくなるかと思ってたんだが、泣いてるとこ見てたら俺まで悲しくなってよ、本当にナマエのことが大切なんだ」

 咳き込むわたしの背中を湿っぽい右手が乱雑に撫でている。十五分とか、始まる前にわたしは堕落しきっていた。
 愛情は繰り上がりだ。わたしは今尾形さんのことがどうしようもなく好きで、愛しくて、ようやく佐一くんのことを忘れられる。尾形さん、気持ちに答えるみたいに呼んだら彼は急にまた怖い目付きをした。

「わたし、尾形さんのこと好きでッ、 お、く…っ?!」
「そうか、セフレから恋人にはなれねえんだったな」

 尾形さんの指がまた奥に突き立てられる。ガリガリと膣内を引っ掻くように荒らされて、脚が一等大きく痙攣した。冷たい視線で見つめられるのが心地良い。
 暴力と大差無い快感に身体の全部が緩んでる。イッたところで容赦無く責め立てられるせいで頭の中までぐちゃぐちゃになっていく。

「あ゛ッ、ーーっ! おがた、しゃ……! すき、好きですッ、からぁ!」
「ナマエは俺と違って演技が上手だな。ああ、さっき負けたんだったか。もうどうでもいいが」
「演技じゃない゛っ…あ゛ぇッ、な、なに、なん、ぇ……? い゛、きたくな゛っ!」
「どうでもいい。……ナマエ、ごめんな」

 尾形さんが謝るなんて途方も無く恐ろしい。息ができない。深く口付けながら彼はわたしの首を絞めた。意識が白んでいく。駄目押しにもう一度イき果てて、そのまま目の前が真っ暗になった。





 目が覚めた時尾形さんは換気扇の下でタバコをふかしていた。時計を見るとあれから3時間程度経っている。わたしの身体には毛布が雑に被せてあって、反面下着はベッド脇に放られたまんまだ。尾形さん、とっくに帰っていると思ってた。

「一回だけって言ってたじゃないですか」
「まだ挿れてねえからノーカンだろ」
「……飲み物ください」
「自分で取れ」

 ベッドを下りてそのまま崩れ落ちた。膝に少しも力が入らない。やれやれとタバコを捩った彼が大股歩きで近付いて来る。尾形さんの手はやっぱりわたしよりも大きくて佐一くんより小さかった。
 佐一くん、今頃何をしているんだろう。どうでもいい、何かで刷り込まれたみたいなセリフと一緒にあんなに好きだった顔と身体と性格が霞んでいく。

「どこまでほんとうなんですか」
「全部。お前と違って嘘吐くのも演技すんのも下手だからな」
「わたしも演技とかできないって知ってて言ってますよね」
「あんな形で言われて信用するほどアホじゃねえ」

 絶対に幸せにしてやるっていうのも尾形さんの本心なんだろう。気絶するまで首を絞められておきながら何でもない外での会話を思い出して気持ちがやわらいだ。換気扇の下で、用意してもらったお茶を飲む。わたしの肩を支えながら尾形さんはもう一本タバコに火を点けた。

「……やっぱいいわ。あれで最後で」
「え、尾形さん?」
「お前の勝ちだ。お望み通り二度とアイツの話は、いや、それ以前にもう会うこともねえか」
「尾形さんもしかしてトイレで抜きましたか」
「……お前がすぐ落ちるのが悪い」

 最低だ、この人は。一人で勝手に納得して決め付けて、突き放されると追いたくなるのも理解してどこまで性格が悪いんだろう。悪いと言えば当然わたしも今まで彼を苦しめてきた。好きな人と、身体だけ繋がっているのはふとした時にとても苦しい。
 換気扇の音が妙に大きく聞こえる。火種が、吸われないまんまジリジリ燃えるのも耳に響いて尾形さんとわたしだけ時間が止まったみたいに取り残されていた。

「ちょっと時間かかるかもしれませんけど、わたしも、なんて言うか……。そうだ、名前は書かないでください」
「ヤッてる時に殴るような男のことなんてやめとけ」
「じゃあ痛いことしないでくださいよ」
「それだけは聞けねえ」
「変態ですか?」
「相性良いだろ?」

 余裕ぶっているくせにフィルターを摘む指先が震えている。あ、さっきこの手で散々な目に遭ったんだった。思い出したらまた脚に力が入らなくなった。崩れ落ちるわたしを尾形さんが抱きかかえる。心臓の音まで大きく聞こえる。
 今までのことを考えると視界がどんどんぼやけていく。こんなに近くにこれ程思ってくれる人がいるのに目を逸らしていたなんて、わたしは本当に馬鹿だ。尾形さん、わたしの指も震えている。

「絶対、幸せにしてやる」
「ずっと言ってましたよね、それ。言われてる人のこと考えたら羨ましいなーって思ってました」
「嘘だろ」
「わたし演技上手いので、嫌がるフリだったら今からでもできますけど」

 抱き締められる腕がいっそう強くなった。よかった、よかったと尾形さんが耳元で繰り返している。肩にもひとつだけ水分がかかって、霞んだ視界は結局戻ってこなかった。


20191104

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