短編 | ナノ

※ハロウィンの話



「今年の収穫だ」
「うわー今年もすごいね」

 帰宅した尾形はズタ袋イッパイにお菓子を詰めて、満足そうに口端を釣り上げた。令和最初の十月三十一日は平日だというのによくやるなア、年々この人の仮装はレベルを上げている。
 最初はほんの出来心だった。春に付き合い始めてイベントごとに飢えていただけの理由で、パーティグッズの白衣を無理言って着せてやったのである。あの日はお酒を飲んでいたので、更に無理を言って近くのコンビニにおつかいに走らせたのだ。

「どんなのがいた?」
「大体全員ジョーカーの猿真似してやがったな」
「面白いのは?」
「生理用のアレの仮装」
「うわ、最低」

 尾形はもともと顎に大きな縫合痕があるので、ただ白衣を羽織るだけでフランケンシュタインとかマッドサイエンティストのように見えたらしい。しこたまお菓子を貰ってそれから翌年、尾形は十月も半ばからソワソワしていた。また俺にコスプレさせるつもりじゃねえよな、とか持ち掛けて、気が付かなかったけれど結構このイベントを気に入っているらしい。
 テンプレート通りに吸血鬼となんか、不思議の国のアリスみたいな服を着せられた。その次の年はリクルートスーツを買って来て新卒社員の真似、それから昔流行ったアニメのライバルとヒロイン(主人公を選ばないあたりが尾形らしい)、果てには映画泥棒と、エスカレートしていく彼の意欲について行けなくなってきてここ二年はわたしだけずっと家にいる。

「今年の尾形って、それ、自衛隊?」
「これか?」

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに尾形がポーズを決めた。カッチリした生地の軍服を煤けた色のローブが隠していて、腰元には短剣、射的で使うような簡単な銃を背負っている。戦争帰りみたいに極め付けに右目を包帯で覆っていた。
 そんな、視界の悪そうな恰好で街中を歩いていただなんて心配になる。いいや見える範囲で言えばいつかの被り物の方がよっぽど危険か。

「旧日本陸軍上等兵の仮装だ」
「じょうとう?」
「家族全員を殺した脱走兵で狙撃の名手な。顎の傷は杉元追っかけてたら崖から落ちて、話せば長くなるんだが右目は毒矢で射られた」
「ごめん、設定凝りすぎててわけわかんない……」
「そしてこっちが数年前に殺した弟」
「ナマエさんお久しぶりです。トリックオアトリート?」
「え、勇作くん?」

 待ち兼ねたように尾形の後ろから同じような服を着た勇作くんがぬう、と現れた。彼の頭からは乾き切れていない血糊が滴っている。何を表現しているのか知らないけれど、お菓子はあげるから床が汚れるのでさっさと退散して欲しい。

「腹違いの親から祝福されて育った勇作さんを戦場で背後から撃ち殺したんだ。それ以来俺の背後霊になってんだぜ」
「兄様は凄腕のスナイパーですからね」
「勇作さん、旗手なんですから旭日旗掲げてくださいよ」
「申し訳ありません。先程のバーに忘れて来ました」
「……ほんとうに設定凝り過ぎててわけわかんないんだけど」

 普段は勇作と呼び捨てているくせに、役に入り込んだ尾形と彼はよくわからない関係性を築き上げている。傷の謂れや腹違いとか、部分的には合っているところがまたいじらしい。最近尾形はしょっちゅう実家に帰っていたけれど、この日の準備だったとは見上げたものである。
 ワイワイと本日の感想を述べているところを申し訳ないが、暦の上はとうに十一月だ。明日も仕事なのでいい加減、そうだ、静かにして欲しい。

「勇作くんシャワー浴びる? うちの使っていいから早く血糊落としておいで」
「その前に勇作さんと俺の軍服の違いをだな」
「明日聞いてあげるからね」
「兄様があんなに頑張っていたのですから、今日のうちに耳を貸してください!」

 ああもう、こういうことならあの日下手にコスプレなんてさせなければよかった。尾形はいい意味でも悪い意味でも凝り性で自分の趣味となれば金も時間も惜しまない。
 勇作くんまで感化されているなんて親御さんに合わせる顔が無い、とか思っていたらお父様と三人で撮った写真を見せられた。同じく軍服を着ているが階級は中将だという。花沢家はどうかしている。

「そう言うナマエは仮装してねえが、何のつもりだ」
「えーっと、月末の業務に追われて一人で酎ハイ飲む会社員のコスプレ……?」
「ははぁ、様になってんじゃねえか」

 来年は遊女の仮装をさせてやると尾形が耳元で囁いた。こう言う日の男性特有の常套句とかじゃなくって、きっと彼は本気である。勇作さんは童貞の設定らしくわたし達の雰囲気を察するや急ぎ足で家を出て行った。
 ボタボタと、血糊が点を描いている。明日は絶対に掃除をさせてやろう。


20191031

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