どこまでも逃げていけたら素敵なものだろうか。彼女といたら自分の思考回路まで陳腐に成り果ててしまう。このつまらない劇から目を背けてしまいたくなる自分を一体何人が批難するだろうか。
「どこまで行くんですか」
「誰も私達を知らないところまでですかね」
「それならとっくに着いてると思いますけど」
足を踏み外した自分を彼女はひたすら戒める。あー、どうしたら楽になれるんだろうか。マスターユニットを破壊したら? タカマガハラを掌握したら? 後者ならとっくに完遂しているが、鬱憤は晴れないままだ。馬鹿馬鹿しい。世界が終わってしまえばいいなんて他人頼りな思考が駆け巡る。そんな簡単なことは自分でやってやるというのに。
「まだ貴女が私のことを知っているではありませんか。その逆も然り」
「殺すんですか? 有象無象と一緒で」
「嫌だなあ、私は人を殺めたことなんてありませんよ。私は」
「ハザマさんってたまに他人事みたいに自分のこと話しますよね」
「これはこれは察しがいい」
総てを知らない彼女が羨ましかった。自分だけの人生が欲しいと願ったのはこれが一度や二度ではない。
居心地の悪い空気が肌を掠めている。この辺には人間はおろかろくな植物も生えていない(見渡す限りの瓦礫の山を造ったのはどこの金髪だったか)。
「全部謝ったら許してもらえると思いますよ。ツバキも話せば分かる子だし」
「でも貴女は一生私を恨むんでしょう? それだったらまるで意味がありません」
「だってここ」
寒いから、と彼女は肩を震わせた。ああ、遠くに薄気味悪い影が見える。人間ではないだろうが、追っ払うのにかかる労力を考えたら面倒臭くて仕方がなくなる。
「セックスでもしませんか? そうしたら身も心も暖まりますよ」
「ハザマさんって体温無いから嫌いです。ていうか恋人でもないのに」
「私は貴女を一番に思っていますが」
「嘘ばっかり吐かないでください。人違いじゃないですか?」
「だったらどれほど有り難いでしょうか」
「そんなにわたしのこと嫌いですか」
「ですから、貴女を一番に思っているんですって」
貴女を殺してその後自分に手をかけられるだろうか。無理無理、一時の気の迷いで彼女のことは殺せても自害だなんて、馬鹿馬鹿しい。
「帰りましょう。連れ回してしまって申し訳ありませんでした」
「え、しないんですか?」
「セックスを?」
「殺人を」
「しませんよ。疲れますから」
「やっぱり人殺ししたことあるんじゃないですか」
「ああ、バレちゃった。ナマエは頭が良いんですね。御見それしました」
「うわ、靴びしょ濡れ」
「日本の夏は暑いそうですよ」
「ニホン?」
「一緒に帰りましょう。それから先は一人でなんとかしますから」
「自殺幇助なら得意ですからいつでも頼ってください」
ぼんやりと彼女の声を聞いていると、どこか遠くからエンジン音がするのが聞こえた。この辺にも魔操船は巡回しているのか。結局何をしても逃げられやしない。
7:35 2014/02/19