小説 | ナノ


▼ 13 まだ遠い

カツン、カツンと靴音が響いている。天井から吊るされているランタンの灯りを頼りに、私たちは薄暗い通路を歩いていた。先ほどの天気とは打って変わり、外は時化ているのだろう。時折大きな波にぶつかるのか、揺れに合わせてランタンはゆらゆらと横に動き、壁に不気味な影を映し出していた。シエルはリアンの背中に銃口を押し付け、狭く曲がりくねった通路を先導させている。

「な、なぁそろそろ銃を降ろしてくれないか?」

「お前が逃げない保証がどこにある」

そう吐き捨てられ、リアンは諦めたようにため息をつくと、再び両手を上げて歩き始める。

「あの怪物はどうやって生み出したんだ」

「…」

その質問にリアンは黙り込むと、シエルは銃を持つ手の力を強め、苛立ったように撃鉄を引き起こした。

「答えろと言っているのがまだわからないのか?」

底冷えするようなひやりとした声にリアンはひっと息を飲むと、しぶしぶと言ったように答え始めた。

「…ある人物に、完全救済の技術を買われたんだ」

「死体を生き返らせる技術をか?」

「ああ、そうだ。そいつと組んでから失敗続きの実験があれよあれよという間にうまくいった」

私の脳裏に彼の姿が一瞬よぎった。

「その人物の名前は?」

「本名は知らない。そいつは…」

リアンがそう言いかけた瞬間、突然地面がぐらぐらと揺れ始めた。

「な、なんだこれは!!」

真上のランタンが上下に大きく揺れ、ガシャンと派手な音を立てて、次々と地面に落ちていく。ガラスの破片が飛び散り、頬にチリっとした痛みが走った。
より一層激しい振動が艦内を襲い、バランスを崩した私は肩から床に叩きつけられる。その途端、地響きと耳をつんざくような爆発音と共に、大量の水が壁を突き破って流れ込んできた。

「な、何が起きてるの?」

痛む左肩を抑え、壁につたう排水管を頼りに立ち上がる。階下を覗き込むと、先ほど通ってきた道がすでに浸水していた。
床に伏せているシエルとリジーを抱き起こすと、リアンが焦ったように壁の配電盤をガチャガチャと操作していた。

「…大方何かに衝突したんだろう、浸水を制御できない」

リアンは青白い顔でそう呟くと、クソッ…!!と壁に手を叩きつけ、恐ろしい言葉を口にした。

「…この船はあと数時間で…沈没する」

「そ、んな…」


再びガクンッと目の前が大きく揺れる。思わず手すりを掴むと、目の前で後ろに倒れていく少女の姿が目に入った。

「リジーーーッッ!!!」

全てがスローモーションに見えた。
反射的に手を伸ばし、リジーが虚空に伸ばした腕を掴むと、思いっきり後ろへ放り出す。どさり、と床に転ぶ音。私はそのままの勢いで欄干の下へ落ち、濁流に飲み込まれていった。


全身が海面に叩きつけられ、あまりの痛みに呼吸が止まった。四月と言えども、夜の水温は思った以上に低く、氷水の中に閉じ込められたような感覚に襲われる。水中なら落ちても命は助かるだろうという見込みはどうやら甘かったようだ。裾の長いドレスも手伝い、もがけばもがくほど水に足がとられていく。刺すような冷たさは次第に、しかし確実に私の体温を奪い、指先から手のひら、腕の感覚が徐々になくなっていくのがわかった。
ごぼり、と口から泡を吐き出す。ゆらゆらと光を反射する海面がどんどん遠くなり、私はそのまま水底に沈んでいく。


ああ、これで終わったのか。


次第に白く霞んでいく目の前に、もがく事を諦めて目を瞑る。
苦しいはずなのに、空中に浮遊しているような感覚はどこか気持ちよかった。


ざばんっと波立つ音が聞こえ、反射的に目を開ける。意識を手放す前、黒い何かが私に向かって手を伸ばしたような気がした。



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