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▼ 12 腐乱、腐乱、腐乱

バァンッッと大きな破裂音がし、次々と棺桶が内側から蹴破られていく。腕のない女性、鼻の取れた紳士、口が裂けた幼女。あっという間に死体で倉庫は埋め尽くされる。恐ろしい数のゾンビ達はゆらゆらと覚束ない足取りで、だが確実に私達の方へ向かって歩いてきた。

「ヒッ…」

「走れ!!」

シエルのその言葉で我に帰り、私たちは出口へと走る。しかし周りを見渡す、もう既に四方を囲まれていて倉庫からの脱出は不可能だった。シエルが拳銃で応戦するが、弾切れまで時間の問題だ。数百体のゾンビにたかが拳銃一丁で敵うはずがなかった。
段々とゾンビの群れが近づいてくる。私たちは後退するしか術がなく、ついに壁際まで追い詰められてしまった。トン、と手が何かに触れ、後ろを振り返ると大きな積荷がある程度の高さまで積み上げられていた。網がかけられており、金具で固定されているため、多少の負荷は大丈夫そうだ。

「登って!」

思わずそう叫び、リジーから積荷の上へ登ってもらう。最後にシエルを引き上げ、下を覗き見るとすぐ側までゾンビが迫っていた。

「間一髪だったな」

「アイツらは何なんだ、私達の毒も効かんってワーズワスが言ってる」

「死体が何らかの理由で動いているんだ、恐らく痛覚も視覚もないんだろう…残すは聴覚だが」

そう言うとシエルはリジーが持っていた皿を手に持ち、群れの向こう側に投げた。ガシャーンッッと皿の割れる派手な音が倉庫中に響いたが、ゾンビ達はそれに反応する様子は見られない。

「一体、何に反応して私達を追ってきているの?」

そう呟いた瞬間、がくんと地面が揺れて体制が崩れる。何事かと見下ろすと、ゾンビが積荷の木箱をバリバリと喰い、私達を引きずり降ろそうと躍起になっていた。

「スネーク!蛇でなんとかできないか!」

「この数じゃさすがに無理だ、ってオスカーが言ってる」

下の積荷がほぼ食い荒らされ、今にも下に落ちそうになっていたその時、目の前に赤が飛び散った。

「お待たせしました、坊ちゃん」

セバスチャンが一体の頭部を素手で握り潰し、こちらへ飛び上がってきた。

「命令だ、セバスチャン。奴らを早く片付けろ」

「御意」

セバスチャンは一礼すると素早く飛び降り、ゾンビの群れへと向かうと、素手と足で次々と死体を破壊していく。まるで演舞でも踊るかのようなその姿と、派手に飛び散る鮮血はどこか綺麗で、しかしその光景は残酷そのものだった。思わずリジーの目を手で隠し、私も目を伏せる。

「終わりました」

その言葉に目を開け、気がつくと倉庫は元の静けさを取り戻していた。血溜まりの中でにっこりと微笑みながらこちらを見ている彼の姿は、まさに悪魔そのものだったのだ。
早く此方へ、とセバスチャンが私の方へ手を伸ばしたが、その手が血塗れなのを確認すると反射的にパシンと払ってしまった。

「あっ…ごめんなさい」

「いいえ、良いのです。お見苦しい所を申し訳ありませんでした」

彼は私の動揺など全てお見通しという様に肩を竦めて微笑むと、鮮血で染まった手袋をはめ直し、もう一度手を差し出す。私は恐る恐るその手を掴み、地面に降り立った。ピシャンと音がして真っ白なスカートに赤が飛び散る。血の匂いがムッと濃くなり、気持ちが悪くなった。

「一体何のために大量の死体をこの船に積んだんだ?」

「それは、あの人にお伺いするのがよろしいかと…」

セバスチャンはシエルを抱きかかえて降ろすと、すかさず真横に向かってシルバーを投げる。ナイフが刺さった方向を見ると、白衣の男が腰を抜かしてへたり込んでいた。

「リアン・ストーカー!」

「ち、違うんだ!アレは不完全な救済で!こんなはずじゃ…」

彼は顔を真っ青にし、あたふたと後ろへ逃げていく。セバスチャンが素早く後ろで手をねじり上げ、リアンは悲鳴をあげた。お話を聞かせていただきましょうか、とセバスチャンが上へ連れて行こうとすると、彼は抵抗を試みる。待ってくれ!と叫ぶ顔面蒼白のリアンは恐ろしい事を口走った。

「もう1つの貨物室には、ここにある10倍の被験体を積んでいるんだ」

「10倍…」

あまりの数の多さに絶句する。ここだけでも数百体のゾンビがいたのだ。10倍となると、考えただけでも恐ろしかった。シエルも信じられないという様子だったが、すぐに自分を取り戻し、セバスチャンにリジーの家族を助けに行くよう指示する。年下ながら彼の冷静な状況判断や決断力には毎回感服させられる。私達は足手まといになるため、ここへ残ることにした。

「さて、話を聞かせてもらおうか…」

シエルはリアンの体を縄で縛ると、前髪をぐっと掴み上げて問うた。

「奴らをなんとかする方法は?」

頭部の破壊以外に何かあるんじゃないかというシエルの言葉に、リアンは口ごもる。なかなか口を開こうとしない彼に、シエルは銃口を突きつけた。

「わ、わかった…教えるから。…完全救済をした患者を活動停止させる装置があるんだ」

「それはどこにある?」

「一等の私の部屋に」

「案内しろ」

私たちはそのままリアンの部屋へと向かった。

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