▼ 11 バラバラと騒げ、レプリカよ
セバスチャンに急所を射抜かれたはずの死体はついに起き上がり、こちらへ向かってユラユラと歩き始める。
「クソッ、失敗か…早く仕留めろ!」
リアンは顔を青ざめさせ、護衛に死体の処理を命じた。何発もの銃声が響き渡り、的確に怪物へと命中する。腕、腹、首、足。弾が死体の肉をこそげとり、あるいは骨や腱を破壊し、見るに耐えない形へ姿を変えていった。顔の3分の1を破壊され、歯と頬肉が剥き出しになったゾンビは、皮や肉片を引きずりながら、それでもこちらに手を伸ばして歩いて来る。床にはまるで赤い絵の具を大きな刷毛で塗ったかのような跡ができていた。
「なぜだ!…なぜ死なない!」
「うわっ…うわ、うわぁぁぁあああっ」
ついに護衛のうちの1人が弾切れを起こし、恐怖のあまり失禁して尻餅をついたその人物は、そのまま死体の餌食になってしまった。首を喰らわれた男性は抵抗も虚しく、血を噴き出してしばらく痙攣すると白目を剥いて動かなくなった。その様子を見ていた他の護衛は、手にしていた拳銃を投げ出し逃走してしまう。目の前で起こった理解不能な光景を考えれば、当然の反応だろう。ぐっちゃぐっちゃと口を鳴らしながら人間を喰らうゾンビは、口の周りを真っ赤にしながらこちらを見た。
「一体アレは、どう始末すればいいんだ…」
シエルがそう呟いた瞬間、横から激しい機械音が聞こえ、何かがゾンビに飛びかかった。
「コイツらは頭潰さなきゃ殺せないよん」
ギャバババババと肉片やら髪の毛やらがあっという間に機械へ巻き込まれ、派手に血が飛び散る。ゾンビは頭を粉砕され、見るも無残な姿となって床に倒れこむと、ようやく動きを止めた。
「ロナルド!!」
ちぃーっすとウインクしたロナルドは、ポケットから手帳を取り出し、パラパラとページを捲った。
「やっぱコイツちゃんと死んでんじゃん」
だからちゃんと回収したって言ったのに〜と口を尖らせる彼は、セバスチャンとシエルに目を止めた。
「アンタらもコレ追ってるんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「魂が入ってない死体が動くだなんて…厄介だよねぇ」
軽く溜め息をついて頭をガシガシかくと、手元の時計をチラッと見る。
「おっとーいけねぇ、こんな時間じゃん」
ロナルドは、じゃあねんとスーツを翻し、あっという間に廊下へ姿を消した。
「これで現場は抑えましたが…また変なモノを生み出してくれましたね…」
「…っ!!おいっ、あいつはどこに行った!」
気がつくと会場には、変わり果てた姿の"死体だったもの"と、私たち3人しかいない。どうやらリアン・ストーカーは混乱に乗じて逃走を図ったようだ。
「逃げたようですね」
「…くそっ、探すぞ」
全員で同じ場所を探すより、二手に分かれた方が早いということで別々の道を探すこととなった。
私とシエルは地下の倉庫に向かっていた。今にも壊れそうな木製の階段を早足で降りて行く。いくら豪華客船といえども、やはり裏方はそれなりの作りのようだった。所々に大嫌いな虫の姿も確認でき、ぶるっと寒気が走る。
シエルは拳銃を片手に倉庫内の様子を伺った。中は暗闇と静寂に包まれていて物音1つ聞こえない。しかしその時、微かにカタン、と何かが落ちる音が聞こえた。
「…誰かいる?」
「わからない…」
懐中電灯で足元を照らしながら物音がした方へ移動する。すると今度は背後で何かの気配がした。
「な、なにっ!」
慌ててそちらへ光を向けると、そこには眩しそうに目を覆った燕尾服姿の男性が座り込んでいた。その周りには何か蠢くもの…あれは
「キャァァァァアっ!蛇!蛇よ!」
「スネーク!」
シエルは驚いたように蛇まみれの男性に駆け寄る。よく見ると、彼は最近入ったばかりのファントムハイヴ家の使用人だった。そういえば彼は蛇使いだと、以前シエルが言っていた気がする。
「大丈夫だ由里。コイツらはスネークの指示があるまで攻撃はしない」
そうは言われても爬虫類や虫が苦手な私は、彼においそれと近づける筈がなかった。存在は知っていたが、スネークと話したことない私は戸惑うばかりだ。するとスネークは数匹の蛇を肩に乗せ、こちらへ近づいてきた。私は思わず2、3歩後ずさりする。
「悪かった、ってワーズワスが言ってる」
彼の言葉に思わず、何を言ってるんだと眉を寄せていると、スネークは蛇の言っている事が分かるんだ、とシエルが説明を入れてくれた。どこから突っ込めばいいのかわからなかったが、とりあえず今は流す事に決めた。
「シエル!もー、こんな所にいたのー?」
この場に不釣り合いな甲高い声が聞こえ、後ろを振り向くとリジーが立っていた。
「リジー!どうしてこんな所に来たんだ」
「シエルにこのケーキを食べて欲しくて、後ろ姿を追いかけてきたのよ」
にっこりと笑うリジーの手元の皿には、ケーキだったようなものの残骸が少し残っていた。
「…あれ?」
彼女の背後に何か動くものを捉え、思わず視線を上にやると、つい先ほど見たような怪物がぐっちゃぐっちゃと口を鳴らしながら立っていた。
「リジー!」
反射的にリジーを突き飛ばし、間一髪で攻撃を免れる。すぐ側でソレの口が鳴る音が聞こえ、ゾッとした。
「クソッ、こいつもう一体いたのかっ!」
シエルは拳銃を動く死体に向け、迷わず眉間をめがけて弾を放った。死体はぐしゃりと嫌な音を立てて倒れると、そのまま動かなくなった。ロナルドの言った通り、頭部を破壊することがソレらを倒す条件のようだ。
「な、なんなの…これ」
リジーは震えながら地面に横たわった死体を指差していた。その傍らには鳥の紋章がついた棺桶が転がっている。暁学会のものだ。恐らく、ここから出てきたのだろう。
「リアンはもう一体死体を連れてきていたのか…?」
スネークはスッと立ち上がり、暗闇の向こうを指差した。
「コイツら、あっちの方にまだ沢山いる、ってオスカーが言ってる」
その言葉に驚愕し、慌てて暗闇の向こうに目を凝らすとズラリと並んだ棺桶が見えた。
「…なんだと!?」
シエルのその言葉を合図にしたかのように、おぞましい数の棺桶が一斉にガタガタと動き始めた。
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