小説 | ナノ


▼ 10 私を綺麗に着飾って

真っ白なナイトドレスに身を包み、私はシエル、セバスチャンと一等旅客用喫煙室の前に立っていた。私たちの胸には金色に輝く鳥が光っている。すでに例の集会は始まっているようだった。

「坊ちゃん、由里さん、いいですか」

セバスチャンの言葉に大きく頷く。扉をゆっくり開くと、口元に髭を蓄えた男性が行く手を阻んでいた。彼はしばらく無言でシエルを見下ろすと、初めての方かな?と呟く。
私達は互いに目を合わせ、ごくりと唾を飲み込むと恐る恐る口を開いた。

「…完全なる胸の炎は」

「何者にも消せやしない?」

「我ら…」


フェニッッッッツクス!!!!


会場がシーンと静まった。皆がこちらを注目し何かヒソヒソと言っているのがわかる。

…え?何か間違えた?

隣のシエルがプルプルと震えているのが視界の端で見えた。ポーズを決めたまま固まっていると、目の前の男性が手を鳴らし始める。それにつられ、会場全体が拍手に包まれた。

「おめでとう、これで君らも暁学会の一員だ」

シエルは男性を一瞥し真っ赤な顔をして、もう二度とやらんと吐き捨てると、スタスタ先に言ってしまう。人前であの格好はかなり彼に堪えたようだった。慌ててシエルを追いかけると、前から無駄にきらきらとしたオーラを放つ人物が歩いてきた。

「おや、君らは…どこかでお会いしたことがあるかな?」

私もシエルも思わず固まってしまう。目の前に立っていたのは、二度と会いたくない人選手権ぶっちぎり一位のドルイット子爵だった。そういえば彼もリアンと同じ医者だ。切り裂きジャック事件で捕まったと思っていたが、賄賂でも渡して釈放されたのだろう。

「い、いいえ!!間違いなく初対面です!」

シエルは作り笑顔を貼り付け、冷や汗を流しながら答える。ドルイット子爵は、確かに見目麗しい君らを一度見たら忘れるわけがないとかウンタラカンタラ述べると、シエルの目と私の足を交互に見た。

「ああ…なんて痛ましい傷だ。大丈夫だよ、きっとリアンが治してくれるさ」

子爵はそう言うと、そっとシエルの頬を撫でる。彼の背筋に悪寒が走ったのが見て分かった。子爵はお大事にね、とウインクをして去って行く姿を呆れた目線で見送った。すると同時に、会場に大きな棺が運ばれて来る。

「…始まったようだな」

リアン・ストーカーが衆目の前に堂々と歩いてくると、一度、フェニッッッッツクス!と舞い、演説を始めた。一々騒々しい医者である。

「みなさん!本日は暁学会"医学による人類の完全救済"研究発表会にお集まり頂き、誠にありがとうございます。これから皆さんに完全救済の成果をご覧に入れましょう」

その言葉を受け、黒服の男達が棺をゆっくり開けると、中にはまだ10代であろう女性が手を組んで横たわっていた。異常なまでの青白さ、生気の抜けた唇の色で彼女は既にこの世の者ではない事がわかる。口元や肩に大きな縫い目があり、遺体の破損がかなり大きかった事が伺えた。

「彼女はマーガレット・コナー。不運な事故で若くして命を落としました。私は今から彼女を完全救済いたします!」

大きな物体が会場に運ばれてくる。医務室で見たあの機械だ。遺体に様々なコードを繋げ、リアンがボタンを操作すると超音波のような高い音が鳴り響く。
それでは皆さんにお見せましょう!とリアンが叫んだ途端、バチバチッと音がして、機械から遺体の身体に大きく電気が走った。

思わず亡骸を凝視したが、なんの変化も見られない。…なんだ、無理じゃないか。と思った瞬間、女性の指先が微かに動いた。

「マーガレット!!」

母親らしい喪服の女性が遺体に駆け寄ると、今度は完全に亡骸が起き上がった。人々はどよめき、会場は次第に歓声と拍手に包まれた。奇跡だ!とかおお神様よ…などの言葉が所々で聞こえる。

「…これは一体どういうことだ?」

シエルは信じられないといった表情で起き上がった女性を見つめている。私もこの光景が何なのか、全くわからなかった。目の前の事象を脳が拒否している。人間が死を避ける事など不可能なはずだった。…なのに彼女は…

その時事件は起こった。

女性の母親が遺体だった物に抱きついた瞬間、ソレはがぱりと大きな口を開け、自分の母親に喰らいついたのだ。母親は何が起こったのか分からないといった表情を浮かべ、噛み付いた娘を確認すると、みるみるうちに顔を青ざめさせた。

ギャーーーーッッッッ!!!

断末魔のような叫び声を上げ、母親はその場に倒れこむ。遺体はゆらりと立ち上がると、倒れ込んだ母親に向かって手を伸ばし、そのままガツガツと自身の親を喰らい始めた。その姿はまさに怪物、異形、ゾンビ。とにかく人間ではないモノだった。私たちは茫然とその様子を見ていたが、すぐに皆パニック状態に陥った。叫び声、逃げ惑う人々で会場は騒然としている。

「セバスチャン!」

「御意」

シエルの一言で、セバスチャンは怪物にナイフを打ち込む。頸動脈、心臓、腹。見事三ヶ所の急所に突き刺さった。…死んだかな、と思いきや、ソレはまだもぞもぞと蠢めいていた。

「…なっ、コレは一体…」

「私には分かりかねる存在です」

死体はまだ喰い足りないというように、グチャグチャと口を鳴らしながら、気持ち悪い呻き声を上げていた。



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