小説 | ナノ


▼ 08 撃ち落とされた感情なんて

少しだけ夜風に当たろうと甲板に出る。上を見上げると、漆黒の空に無数の星が瞬いていた。海上はイギリスの街と違って周りに全く灯がないため、普段の何十倍もの星を目視できるのだ。まるで星の万華鏡を覗いているような光景に、思わず歓声を上げてしまう。

「この潮風…まるで全身を愛撫されてるみたーーーい!」

「サトクリフ先輩…新手の後輩いびりっすか…」

ふと、聞き覚えのある声が聞こえたような気がして後ろを振り向くと、1組のカップルが船首で抱き合っていた。男性が赤髪の女性を後ろから持ち上げている。まるでタイタニックのジャックとローズだ。

……ん?赤髪?この人は…


「グレル!」

「アン?何よ…って由里じゃないの!」

アンタここでナニしてんのよ〜、と長い赤髪を揺らしながらグレルが走り寄って来た。ついで後ろから、見覚えのある眼鏡もこちらへ向かってくる。

「あれー?エミリーちゃんじゃん」

「ロ、ロナルド…貴方ってそういう…」

グレルはなんとなくわかっていたが、やっぱり…あれなのか…彼らはそちら側の人なのだろうか…
邪魔してごめんなさい、と慌てて立ち去ろうとしたが、違う違う!違うから誤解だって!とロナルドは叫ぶ。クロの人は皆んなシロだと訴えるのだ。そんな言い訳が信じられる筈がない。逃走を試みたが、彼等にがっちりと腕を掴まれてしまった。

「エミリー?何言ってんの、由里よ。というか知り合いなのアンタ達」

グレルは交互に私たちを見みるが、はぁ、と曖昧に頷く事しかできなかった。できればもうあまり関わりたくなかった人物を目の前にして、たじろいでしまう。まぁ、成り行きで、と言葉を濁すロナルドを横目に話題を瞬時に変えた。

「死神さん達がどうしてここに?」

「えー?なんだオレ達の正体知ってたんだ、"由里"ちゃん?」

わざと名前を強調して呼ぶロナルドを軽く睨みつける。あの時はごめんね、俺ナンパが趣味でさ、と彼は黄緑色の瞳を細めて意地悪そうに笑った。ナンパが趣味?理解不能だ。

「由里がいるって事はどーせあのガキも来てんでしょ?大体同じよ」

グレルはふんっと鼻を鳴らして面倒くさそうに答えるが、セバスちゃんもいるのよね〜!と態度を一変させた。
私達と同じという事は、例の動き回る死体の件だろう。やはり彼等の中でも事件は終わっていなかったようだ。

「そんなんこの子に喋っちゃっていいんスか?」

ロナルドは私の方を親指で指差してグレルに尋ねる。人を指差しちゃいけないって教わらなかったのかこの人は。

「あーー、こないだの悪魔の件はこの子が関わってたからいいのよ」

あー、道理で、と呟くロナルドは面白そうに私の方を見ていた。

「っつーか由里ちゃんよく無事だったねー」

その言葉にグレルは、アンタ何勝手な事言っちゃってんのよ!とすかさずロナルドの口を抑える。
だって先輩が先に言ったんじゃないんスか!
それとこれとは話が違うのよ!
と私の前で意味不明なやりとりが行われた。

「…無事?どういうこと?」

グレルははぁ、と肩を落とすと私の隣に立った。

「…アンタが一緒に暮らしてた変なやつ、いたデショ?」

「ええ」

「今回の事件、アイツが犯人だって死神派遣協会は目をつけてるわ」

「あー…まぁ、そう、でしょうね」

「…なんだ、知ってたの?」

心配してソンしちゃった、とグレルは肩を竦めた。そうなっているだろうな、と予想はついていたので驚きはしない。
彼は仲間である死神も、私達も裏切って出て行ったのだ。その理由はわからない。ただ彼が時折見せていた表情と、いつだったか呟いていた、とある女性の名前。それだけが印象に残っている。
彼は何もかも捨てて今、1人で戦っているのだろう。

「ナーニ辛気くさい顔してんの!」

こっちまで塩っぱくなっちゃうわよ、とグレルに肩を叩かれる。いつの間にか海面の方に目を落としていた事に気づき、慌てて顔を上げた。

「アンタ…好きだったんでしょ?」

「そんなんじゃないよ!」

グレルの言葉に思わず耳まで真っ赤になる。やーねーアンタ自分で気づいてないの?と彼女は笑いながら私の背中をばしばし叩いた。

「確かに…好きだけど…」

好きだとか、恋だとかそんな単純な話じゃない。もっと大切で、家族のような存在だったのだ。とグレルに伝えると、一瞬切なそうな表情を見せた。

「…わかるわよ私だっていたもの」

そう言うと彼女は着ていた自分のコートをそっと撫でた。私が以前繕った痕が目に入り、思わず顔を背ける。するとそこへロナルドが口を挟んできた。

「ソイツ、一回協会の仲間に遭遇してんだよ」

なんでも、アンダーテイカーは私たちの元を去った後、死神派遣協会の人と対峙し、十数人の死神と戦闘になったらしい。結果はアンダーテイカーの圧勝。命さえ取られなかったが全員瀕死の状態だったという。

「死神でさえそんなにやられてんのに、一緒に暮らしてた由里ちゃんを殺さなかったのは変だなぁと思う訳よ」

足取りがつくような事知ってたかもしれないのにね、とロナルドは手すりに背中を預けながらそう呟いた。

「ま、死なない程度に頑張んなさいよ」

私だって違反犯してまで味方してたんだから、とグレルはこちらを向いてウインクをした。ふと気がつくと、頬に何か熱いものを感じ、思わず手を当てると水が自分の指を濡らしていた。

「ちょっ、サトクリフ先輩何泣かしてんスか!」

「えぇっ、私そんなつもりなかったワヨ!ちょっと〜泣かないでよ〜」

その言葉で自分が泣いている事に初めて気がつく。涙を引っ込めようと、慌てて笑顔を作ろうとするが自分の口から漏れたのは大きな嗚咽だった。そのままその場に崩れ落ちるようにして泣きじゃくってしまう。

「あーもー、世話がやけるわね」

そんなとこ座り込んじゃったら冷えるわよ、とグレルは私を立ち上げると、自分の服が涙や鼻水で濡れるのも構わず抱き締めてくれる。私よりはるかに高い身長や、意外にがっしりとした体格に気づき、女言葉を使っていても彼女は男性なのだなと改めて気づく。

「…アンタができる事、絶対あるわよ」

優しく頭を撫でてくれるグレルの言葉に、何度も何度も頷く。

アンダーテイカーが消えてから、初めて流した涙だった。




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