小説 | ナノ


▼ 07 お情け上等

次の日、私はリアン・ストーカーから仕入れた情報を渡すため、シエルとセバスチャンの部屋にお邪魔していた。

「なるほど…そのバッジをつけていれば集会に参加できるんだな?」

「そう、だけど1つしかもらえなくて…」

「セバスチャン、いいな?」

「ええ、今すぐにでも」

きっとセバスチャンなら難なくリアンの医務室に忍び込み、バッジを手に入れるだろう。しかし、ここからが問題であった。

「実は他にもあるの」

「どういう事だ?」

「集会に参加するにはある言葉を言わなくちゃいけなくて…」

シエルは早く教えろと、じれったそうに急かした。
…ええいままよ!
私は意を決して立ち上がると、その言葉を口にし始める。

「か、完全なる胸の炎は、誰にも消せやしない……我ら…」


フェニィィッックス!!!

目をかっ開いてそう大声で叫ぶと、両手はさながら大空を飛び回る鳥のように大きく広げ、片足を軽く持ち上げる。至極真面目にやっているのだが、側から見ると私は狂人にしか見えないだろう。

シエルとセバスチャンは、ぽかんと口を開けて呆気にとられていたが、次第に大声で笑い始めた。

「なんですかその変な格好は」

「お前は道化師か何かなのか」

「私だってこんなの好きでやってる訳じゃないわよ!」

顔を真っ赤にしながらそう訴えるが、彼等は笑いが抑えられない様子だった。…今に見てろ、今度はお前らの番だとホラー映画のようなセリフを呟いていると、セバスチャンがシエルの方に向き直る。

「では坊ちゃん、いきましょうか?」

「はぁ?ふざけるな、僕にこんな辱めを受けろというのか?」

「もちろんです」

セバスチャンの顔は今まで見たことがないくらいきらきらと輝いていた。笑顔が眩しい。

「…完全なる胸の炎は?」

「だからやらないと言っている!」

シエルは大きな音を立てて立ち上がると、そのまま隣の部屋へ行ってしまった。

「少しからかい過ぎましたかね」

前から感じていた事だが、シエルとセバスチャンは性格がよく似ている。どちらも与えられた使命は仕事以上にきっちりとこなすのだが、相手に無理難題を押し付け、困っている姿を見て楽しんでいる部分があった。彼等はゲーム感覚でお互いを駒に遊んでいるのだろう。

「セバスチャン楽しんでるでしょ」

「おや、そう見えますか?」

彼はくすりと笑うと紅茶を用意してくれる。こぽこぽと熱い液体がカップに注がれる音がした。ふんわりと湯気が持ち上がり、良い香りがあたりを漂った。

「元気そうで、安心しました」

セバスチャンの問いかけには答えず、アールグレイを口につける。
きっと彼等は私の様子を心配して、今回の旅に誘ってくれたのもあるのだろう。事実、船内での目まぐるしい生活は現実を忘れさせてくれた。彼の気配が色濃く残るあの店は今の私にとって、正直堪えるものがあったのだ。
そこで、ずっと心の奥底で思っていた事を口にした。

「もしさ、あの人がこの事件に関わっていたら、どうするの?」

思わず仮定形にしてしまったが、彼が関係者だということは確実だった。怖かったのだ。

「良くて捕縛、悪くて抹殺でしょうか」

予想通りの返答に少しだけ笑えてしまう。私は坊ちゃんの命じるままにするだけです、と淡々と答えるセバスチャンは、何を考えているのかなんてわからなかった。
シエルはあの人を絶対に許さないだろう。全てを犠牲に、時には身内をも手にかけることを厭わず任務を遂行する彼に、私が私情を持ちかける余地などなかった。

「まだ、諦めるには早いと思いますが?」

その言葉にはっと顔をあげる。貴方らしくもない、と微笑むセバスチャンはどこか悪戯っ子のような表情をしていた。

「そう…そうだよね…」

そう呟いた瞬間、隣の部屋から大きな声で不死鳥を表す単語が聞こえてきた。思わずセバスチャンと顔を見合わせ、吹き出してしまう。


今度は私があの人を救う番だ。


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