小説 | ナノ


▼ 05 君を守る剣


「イギリス産鹿肉のポワレでございます」

目の前にどかりと置かれた皿を見て、思わず吐き気が込み上げてくる。前菜、サラダ、スープ、魚料理ときてソルベが出されたため、もうこれで食事も終わりだと安心していたが、忘れていた。コース料理はこの後、肉、パン、フルーツ、デザートが続くのだ。フルーツとデザートって一緒じゃないのかと思ってしまう辺り、私はコース料理に不慣れだった。
まだ食事は終盤にも差し掛かっていないが、食べた物がすでに喉まで詰まっており、これ以上お腹に入りそうな気配はない。ナイフとフォークを持ったまま手を出せないでいると、それにいち早くリジーが気づいた。

「あー!由里さんたら、もうお腹いっぱいになっちゃったの?だめよー食べなきゃ!体力がつかないわ!」

リジー…そんな小さな体に、どうやったらこの量の料理が入るのか不思議だよ私は…
頑張るわ…と顔を引きつらせながら答えると、リジーは既にシエルと話の花を咲かせていた。シエルは彼女を少し邪険に扱う事が多いが、それは照れ隠しからだろう。リジーと話している時だけは、いつもの性格の悪さが息を潜め、子供らしい表情を見せる。リジーの底抜けた明るさが、シエルを穏やかにさせているのだなぁと素直に感服した。
2人の微笑ましい光景を見ていると、目の前の皿がひょいと消え去った。驚いて皿の行方を探すと、エドワードが手に持っていた。

「エドワード…」

「食べれないのだろう?」

貰うぞ、と一言言うと、彼は手早く自分の皿に移し、空になった皿を私の前に置いた。全部食べきれない事を察してくれた彼の気遣いが嬉しく、ありがとうと口にする。

やはり成長盛りの十代。食欲は人並み以上にあるようで、私の鹿肉もあっという間にペロリと食べ終わってしまった。流石男の子だなぁと感心してしまう。しかし、流石上流階級の子息ともあり、シルバーの使い方は丁寧で上品だ。先程のさりげない気遣いを見ても、彼はもう"紳士"だと言う事がはっきりとわかった。

「見直しちゃったわ、紳士なのね」

「当たり前だ。幼い頃から英国紳士の教育を叩き込まれている」


「…ごめんね、さっきは可愛いなんて言っちゃって」

「気にするな」


そういえば、ミッドフォード家は代々騎士団の家系と聞いた事がある。エドワードも剣が強いのかと尋ねると、彼は意外なことに複雑そうな表情をした。何か不味いことを聞いてしまったのだろうかと思い、慌てて話題を変えようとすると彼は口を開いた。


「…実は、妹の方が強いんだ」

「リジーが!?」

「あんなに可愛いのに、そうは見えないだろう?」

エドワードはリジーを目に入れても痛くない、という風に慈愛の眼差しで見つめた。
なんでもリジーは剣の天才らしく、英国のジュニア大会は全てグランプリ。彼女の敵はないらしい。あれほど可憐で、絵に描いたような"女の子"であるリジーが、そこまで強いとは到底信じられなかった。

「一度も勝てた事がないんだ。兄として情けない」

エドワードは自嘲気味に、乾いた笑い声を発し、いつかは勝ってやるけどな、と小さく呟いた。深緑色の瞳に一瞬、燃え上がるような闘志の色が映る。

「エドワードはすごいわね、私だったら無理だわ」

「どういう事だ?」

「私だったらプライドが折れて、剣なんか辞めちゃってるって事よ。それでも諦めずに努力を続けてるエドワードは、素直にすごいと思う」

彼の目を見つめながら、はっきりそう答えるとエドワードは目をぱちくりとさせ、ふわりと微笑むとありがとう、と言った。
良い顔をしている。彼はきっと素晴らしい英国紳士になるだろう。


それからなんとか後続の料理をお腹に収め、晩餐会はお開きとなった。ミッドフォード家の皆さんに挨拶をし、自室に帰ろうとしたところで白衣を着た男性の後ろ姿が視界に写った。

あれは…


リアン・ストーカーだ。





prev / next

[ back ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -