▼ 05 頭が軋む
目をあけると視界いっぱいに見知らぬ天井が広がっていた。
薄暗い部屋、埃っぽい匂い。
どうやらベッドに寝かされているようだ。
柔らかい布団、ふんわりと仄かに洗剤の香るシーツ。
上半身を起こし部屋を見渡す。
小さな窓、テーブルに椅子。古い造りだが、綺麗にされている。必要最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋だった。
「……どうなったんだっけ」
確か、いつのまにか変なバーにいて、バードンさんっていう人に会って
人生のやり直しをさせてくれる
って言われたんだっけ。
「いやー…まさか…ね」
「おやぁ、お目覚めかい?」
声がした方に顔を向けると、ドアの前に見知らぬ男性が立っていた。
「小生は葬儀屋。アンダーテイカーと呼んでおくれ?君が路地裏で倒れていたから、ここに連れてきたんだよ」
怪しい者じゃないよ〜、と薄気味悪い笑い方をしながら彼はそう言った。
全身真っ黒な神父服に、ごちゃごちゃとしたアクセサリー。腰まである伸ばしっぱなしの長い銀髪。目深にかぶった帽子と長い前髪で顔はほとんど隠されていた。
うわぁお、怪しい…怪しすぎる。
不信感は全く拭えないが、倒れていた私をここまで運んで、おそらく手当てをしてくれたのだろう。所謂恩人というやつだ。
「…ありがとう、ございました」
「いえいえ〜、まぁ疲れてるだろう。お茶でもお飲みよ」
手渡されたのはビーカーに入った紅茶だった。ビーカー!?普通こんなものに飲み物入れる?変な薬でも入ってないだろうなぁと思いながら、おそるおそる一口飲むと、ふわぁっと良い香りが口の中に広がった。
これは…よく知っている味だ。
「アールグレイ…」
「よくわかったね」
紅茶を淹れるのは難しく、温度と蒸らし時間によって香りが全く変わってしまう。
何も考えずに淹れると、ただ色のついたお湯になってしまうのだ。
彼の淹れてくれた紅茶は、香りも味も素晴らしいものだった。
「おい、しいです。」
少し驚いた。まさかこんな人が美味しい紅茶を淹れるとは思わなかったからだ。
「君の名前は?」
「…新庄由里」
「ふーん、由里ね」
少しずつ全部飲みきったところで、アンダーテイカーはここからが本題、と言うように口を開いた。
「さて、君はね〜路地裏に血まみれで倒れていたんだよ」
「…え?」
慌てて身体を確認するが、傷跡ひとつ見当たらない。
「そう。傷跡がないんだ。明らかに内部からの出血で、君の体から流された血だった。だけど君は無傷だ」
アンダーテイカーは立ち上がり、ゆっくりこちらに近づいて来る。
枕元で立ち止まり私を見下ろすと、頬に手を当て、じっと顔を覗き込まれた。
「由里。君は…何者だい?」
さらりと前髪が流れ、一瞬こちらを鋭く見据える目と、顔を斜めに横切る大きな傷跡がはっきりと見えた。
有無を言わさぬ雰囲気にぞくりとする。
殺される、と思った。
ひ。と息を呑み、思わず後ずさる。
すると彼はぱっと手を離し、一歩後ろに下がった。
「ごめんよ〜、怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと気になってねぇ…」
アンダーテイカーがそう言った瞬間、ドアが叩かれる大きな音がした。
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