小説 | ナノ


▼ 16 声が駄目なら唇で


「まったく…生け捕りとあれ程言ったのに!」

執事くんの小言を右から左へ受け流しながら、帰路につく。由里はまだ自分の腕の中で眠っていた。胸に耳を当てると、規則正しく鼓動を打つ心臓の音が聞こえて安堵する。

「でもこれで今回の事件は解決ネ」

「残業が終わって良かったです」

飲み会しましょーよ飲み会!とギャンギャン騒ぐ死神達を無視して、小生は黙って歩いていた。すると執事くんが横に並び歩調を合わせてくる。訝しげな目線を送ると彼はくすりと笑って腕の中の名前の顔を覗き込んだ。

「…貴方があそこまで感情的になる姿は、初めて見ました」

もう、彼女から目を離さないようにしてくださいねと、執事くんは念を推すと伯爵の屋敷へ帰っていった。最後に鋭い視線を残して。


店に辿り着いた時には真夜中になっていた。
由里をベッドに寝かしつけ、自分は傍にあった椅子にどかりと座る。
前髪を片手でかきあげながら大きく長い溜息を吐いた。

ふと目をやると、窓から月明かりが差し込み由里の顔を淡く照らしている。
そういえば彼女を拾ってきた日もこんなだったっけと思わず少し笑ってしまった。
あの日は血まみれで、どうしようかと思ったものだ。

「…無事で良かった」

すうすうと寝息を立てて眠る由里の頭ををゆっくりと撫でる。彼女の長い睫毛が頬に影を落としていた。
少し気に障ったのか、小さく身じろぎをして寝返りを打つ。
その拍子にキャミソールが肩口から落ちて、背中から鎖骨にかけて大きく走った痛々しい傷痕が見えた。

グレル・サトクリフにつけられたものだ。
それを思い出し、チッと舌打ちをする。

彼女の傷を縫ったのは自分だった。
まだ少しだけ赤く腫れている縫い目を、そろりと指でなぞる。

もうこの痕が消えることは一生ないだろう。

そう思うと少しだけ安心した。


愛おしい。その表現だけで十分だ。
あれ程執着しないよう自分に言い聞かせてきたつもりだが、日を追うごとに由里に惹かれていく自分がいた。

自制、自制、自制。もはやその言葉は意味をなさない。
認めたくなかった。認めてしまうと今まで積み上げた物を全て否定することになるからだ。
だから…だから小生はこうする事しかできない。

「…ごめんよ、由里」

ベッドに腰掛けるとギシリと大きく軋む音がした。由里の長く黒い髪を数回梳き、青白い頬に手を当てる。
そのままゆっくり顔を近づけると、自分の冷たい唇が彼女の温かい唇に重なった。




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