小説 | ナノ


▼ 14 今は亡き世界に

取引きしよう、と言うレオナルドの顔には満面の笑みが浮かんでいた。

「何でも願い事を叶えてあげるよ」

叶えてあげる代わりに魂を頂戴という事だろう。代償というやつだ。何処かで聞いたことのある話に大きくため息をつく。

「…残念だけど、お断りするわ」

ほんとうに〜?とレオナルドは、ねっとりとした薄気味悪い口調で私に話しかける。

「なんでも叶うんだよ、美貌、地位、名誉、一生遊んで暮らせる財産、全て君のものだ」

両手を広げ、天井を仰ぎ見ながらダンスを踊るかのように彼はくるくると廻った。
そして私の顔に手をやると長く細い指でざり、と頬を撫でた。気持ち悪い。

「…君のお父さん、お母さんを生き返らせる事だってできる」

それに…と小さく呟いた彼の口元は歪な弧を描いていた。

「元の世界に戻らせてあげてもいいよ?」

その言葉に私は目を見開いた。
…レオナルドは私が違う世界から来た事を知っている…?それに両親が死んだ事も。

「驚いたようだね〜、そう!僕は君のことをなんでも知っている」

歌うようにそう言葉を紡ぐ彼は、まさに悪魔というのに相応しい姿だった。
ぐっと言葉に詰まった私を見ると、彼はさも可笑しそうに微笑んだ。

両親。家族。それは私が小さい頃からずっと求めていたものだった。
両親が亡くなった後、親戚に預けられた私はずっと心狭い思いをしていた。
とても良くしてくれた彼等に感謝はしているが、所詮は他人。私が帰るべき場所はどこにもなかった。

求めても、どれだけ手を伸ばしても、手に入らなかった物が今、目の前にぶら下げられている。

元の世界に戻って両親と何事もなかったかのように幸せに暮らす。
それができたらどんなに良いだろう。

しかし、それは偽物だ。作られた偽物。
そんな物はいらない。

それに、私は今のこの生活が気に入っている。私を大切だと言ってくれる仲間もできた。…守りたいと思える人もできた。
掴み取ったこのかけがえのない生活を、そう易々と手放す訳にはいかないのだ。

「…いい、何もいらない。私は貴方なんかと契約しない」

そう強く言い切ると、彼は醜く顔を歪ませた。

「…ふーん、君も僕を否定するのか」

一瞬で詰められた間合いに息が止まる。
忘れていた。彼は悪魔で人間である私を殺すことなんか、赤子の手を捻るより簡単だということを。

レオナルドはまるで人形を持ち上げるように、乱暴に片手で私の首を掴む。
ギリギリと次第に力が強くなり、気道が圧迫されて空気を肺に取り込めない。

「じゃ、今いただいちゃうね、君の魂」

レオナルドはにっこりと笑い、私を楽しそうな目で見つめている。
魚のように口をパクパクさせ、酸素を必死で求めるがそんな努力も虚しく、次第に目の前が白くなっていった。

…もうダメかも

そう思った瞬間、何かが大きく割れる音が廃墟に響いた。




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